2017年

6月

01日

何かを始めた、ということ、それ自体がスゴイ。

間違えることは、本当に怖い。
だから、やってみただけで、お赤飯を炊いていい。

今日は6月の初日。
何かを始めてみませんか?


今時、いいことがあって、お赤飯を実際に炊く人はかなり少数派でしょうから、ホールケーキでお祝いでも構いません。

何か新しいこと、何かを変えることは、本当に心のハードルが高いことです。

失敗の恐怖、面倒くささ、などなど、新しいことを始めない、何かを変えない理由は、いくらでもあります。

失敗することを気にしてしまう子は、少なくありません。

私自身、あれをしてみたい、こうしたらいいかな、と思っても、実際にやることなんて、まぁ、1割どころか、1%あるでしょうか…

だからこそ、何かを始めたのなら、それはスゴイことなのです。

お赤飯です。
ホールケーキです。

それを思うと、私は自分の言葉、態度の重みを感じます。

学校は間違えるところだよ。
なんべん言ったかわかりません。
でも、堂々と間違えて、その都度、修正していこう、という雰囲気にクラスをできたか、というと、全く自信はありません。

子どもたちは、私に合わせてくれますから、そういう風にはしてくれますが、真にそれが身につくかどうか、わかりません。

何しろ、私自身、まだまだ、変化を恐れ、失敗を恐れ、新しいことを始めないところがあります。

でも、何かをやってみた時、ちょっとした嬉しさもあります。

お子さんが何かをやってみたなら、成果よりも、やってみたこと、そのものを認めてあげることで、やることの不安は、大いに減ります。

もちろん、うまくできるに越したことはありませんが、気をつけないと、つい、
「大丈夫?デキた?」
という聞き方をしてしまいます。

やってみることは、本当に素晴らしいことです。
宝くじも、買わないと、当たる可能性はゼロですからね。
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2017年

6月

02日

要注意なのは、言い方が強い時、二回言う時。

二回言う時、なぜか強く言う時は、逆を考えてみる。

世の中には、意外とあまのじゃくが多い。


盗み聞きをしたようで、本当に申し訳ないのですが、先日、待ち合わせがあり、武蔵境のスタバで待っていました。

隣にいたのは、女子大生と思われる二人。
恋の話が楽しい時ですよね。(まあ、いつでもですが…)

その中で、私の耳に、どうしても残ったのが、この言葉です。

「あ〜あの人?あ〜関心ない、関心ない」
少し喋って、また、
「いやぁ、マジで関心ないわ、ない」

誰とか、何学部とか、そんな具体的ネタもあったと思いますが、この「関心ない」の繰り返しは、言葉に力がこもっているのか、妙に耳に残りました。

これって、子どもの言葉でも、当てはまることだと思います。

ウソを発見する、ということではなく、この子は何にこだわっているのか、ということに気づくことは、トラブルを解決したり、その子らしさを引き出したりすることに、とても意味があります。

私もそうですが、ホンネが一番、心をスッキリさせるとはいえ、実のところ、なかなかホンネこそ言いづらいのです。

それで、あえて逆のことを、言ってしまうのです。
男の子が好きな女の子にイジワルをしたり、人付き合いが下手な子がしつこくちょっかいを出したりするのと、同じ構図です。

イジワルやちょっかいでは、温かい関係は築きづらいですね。

とはいえ、素直にもできない…

そんな揺れる心は、乙女だけのものではありません。

お子さんの言葉に、妙な繰り返しや妙な力の入り方があったら、その逆を意識してみてください。

そして、本当は逆だよね?
と、直球を投げることも、選択肢の一つです。

その一球は、お子さんのトラブルを解決するきっかけになることもあります。

あまのじゃくって、多いものです。
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2017年

6月

05日

お子さんの新しい一面に気づくのには、3分でいい。

黙っていることで、気づくこともある。
あれこれ言うのもコミュニケーションの一つだけど、たまには、黙って横に座ってみたい。


先日、授業の時、ある子の横に座っていました。
やるべき課題の指示は終わり、どういうことだか、その子の横に座っていたのでした。

すると、いつもはおしゃべりの多いその子でしたが、課題の一つ一つをやる時に、

「これ、こういうこと?」

「あれ?これでいいんだっけ?」

と、小声で確認してくるのです。
学校なのですから、課題ができない時だってあるけれど、できないことは、やはり不安です。

それに、人目を気にしてしまうのも、理解できます。

こういうタイプの子なら、初めから、そっと教えた方がスムーズです。

教壇(私の勤める学校にはありませんが…)に立って、授業するばかりが能じゃないなぁと思う出来事でした。

私たち大人が、グッと一息飲み込んで、3分でも黙って横に座っていることは、子どもの新しい一面に気づく機会になります。

1日に3分でも…
無理なら1週間に3分でも黙って横に座ってみる。
何か新しいことに気づきます。
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2017年

6月

06日

夫婦のランチ代格差が1.7倍のアンケートに思うこと

夫婦のランチ代格差は1.7倍!
それぐらいは当然だ。
でも、大事なことは、格差ではなくて、楽しんでいるかどうか。
ぼんやりテレビを見ていると、夫婦の平日ランチ代格差は、1.7倍にもなっている、という話が取り上げられていました。
早速調べてみると、明治安田生命による家計に関するアンケートに、その項目がありました。(こちら
この調査によると、夫のランチ代、最も多かったのが500円台、平均としては704円で、妻の方はというと、最も多かったのが1000~1500円台、平均は1204円で調査開始以来、最高だったそうです。
この金額、共感できるものか、あるいは、ちょっと他人ごとに感じるか、どうなのでしょう?
私の場合、夫婦ともにお弁当を持っていくことが多く、パンやおにぎりを買ったとしても、まあ、500円程度です。
そこに格差はないのですが、私としては、妻のランチ代が1200円でも、1500円でもいいなあ、と感じます。
まして、このブログのほとんどの読者であるお母さんなら、2000円でもいいぐらいです。(本当に2000円にして家計が回るのかどうかは別の問題です…)

 

その気配りだけで、お母さんの気分は、ずいぶんとよくなるでしょうし、そのことは、結局、家族に還元されます。
実際、自分のランチ代はこれぐらいなのに、嫁はこんなに高いものを食べてる!と真剣に怒っている人に、私は出会ったことがありません。
女性にとって、コミュニケーションでもあるランチは、1200円では安いぐらいかもしれません。
あるいは、1人で優雅な環境に身を置き、1200円のコーヒーを飲むことは、カミナリを2回ぐらい減らすかもしれません。

 

ただ、大事なことは、これを数字の比較論や、どっちが多い少ないという格差論にしないことです。

 

夫のランチは週5回でも、妻は週1回なら夫が得とか、夫の飲み代はどうなんだ、とか、「差」に目を向けるとロクなことはありません。

 

私はランチ代に1200円も払えない…

そんな「差」に目を向ける必要もありません。

 

大事なことは、自分が楽しく、豊かな時間を持てているかどうか、ということです。

ランチでも、飲み会でも、本当にいい時間を家族みんなが持つことは、素晴らしいことで、そのためには、まず、お母さんが素晴らしいランチで満たされることがスタートになりそうです。

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2017年

6月

07日

嫌なことはパンダに、嬉しいことはキリンに食べさせよう。

パンダとキリンをどう使い分けるか、それが問題だ。

嫌なことや恥ずかしいことは、パンダに食べさせて、嬉しいことや楽しいことは、キリンに食べさせよう。


以前、上野動物園に研修で出かけて学んだことです。
子ども達から大人気のパンダ…
確かに愛らしくて、平日でも、それなりのお客さんを集める魅力はわかります。

そんなパンダは、クマの仲間で、体の中の作り、消化器は、肉食系のものなのだそうです。

そんなパンダが笹だけで必要な栄養素を取らなくてはならないのですから、あんなに食べ続ける必要があるのです。

そして、ウンチです。
消化器が肉食系のため、笹の養分を吸収しにくく、ほとんど笹の葉っぱのようなまま、食べた分だけ大量に出ます。

一方、キリンは、ウシの仲間で、一度食べた葉っぱを胃から口に戻して、噛み砕き、また胃に戻す、という「反芻」をします。

人間の感覚では、とても不衛生ですが、キリンにとって反芻している時間は、リラックスした素敵な時なのだそうです。

実際、私がキリンが反芻している様子を見ていると、ぼんやり木に寄りかかり、ウトウトしそうな雰囲気でした。

本題はここからです。
リラックスした時に、ふと思い出すのは、どんなことでしょうか。

私の場合、なぜか脈絡なく、自分の失敗を思い出し、ガッカリしたり、恥ずかしい思いをまた感じたりしていることが多いのです。

これは、嫌な思い出、恥ずかしさの反芻です。
それでは、私自身の中で、嫌なこと、恥ずかしいことが増え、濃くなってしまいます。

どう生きていたって、嫌なことや恥ずかしいことはあるに決まっています。

嫌なことや恥ずかしいことは、パンダにとっての笹です。食べて、食べて、あんなに食べて、ほとんど消化していないかのように、ドーンと出す!

逆に、いい思い出、楽しかったことは、キリンのように反芻して至福のときを過ごせばいいのですね。

嫌なことでしょげているお子さんには、ぜひパンダのぬいぐるみを渡してみましょう。

あの可愛らしさも手伝って、嫌な気持ちも食べてくれるに違いありません。
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2017年

6月

08日

ニセモノの悩みに夢中になっても、本当には安心できない。

気になることは、本当に気になっていることですか?

それで?
だから?

と、深めてみると、核心がわかる。


お母さん方と面談をしていて、いろいろな困りごとを聞いてきました。

その中で、
「どうして、そんなことが?」
と、思ってしまうことが、時々ありました。

それは、内容が、というよりも、どうしてあなたが?という方がいい表現だと思います。

悩みは、本当にそれぞれです。
そんなの悩みじゃないよね〜というのは、余計なお世話です。

でも、
「それをなぜあなたが?」
と、感じてしまうことは、時々ありました。

そんな時、話を聞いていくと、途中から話が変わってきます。

初めは、お子さんが誰かとのトラブルに悩んでいる、という話だったのに、気づけばお母さん同士のトラブルの話になっていたり…

逆に、初めはママ友に言われたことで腹を立てていたはずが、途中から、自分自身の不甲斐なさの話になっていたり…

やはり、ホンネは簡単には出てこないのですね。
ホンネを出すために、何かしらのキッカケが必要なのです。

もし、気になることが、今、あるのなら、
「それで?」
「だから?」
と、考えをふとめていくは、本当に気になっていることに自分で気づくよい方法です。

本当に気になっていることの解決をしないと、ダミーの問題探しが終わりませんね。
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2017年

6月

09日

噂は蜜の味。食べ過ぎれば、お腹を壊す。

噂は蜜の味。

食べ過ぎれば、お腹を壊す。

 

 

トラブルを大きく、より大きくしてしまうのが噂の力です。

 

「ねえねえ、聞いた?」

 

この会話は、今では、

 

「〜って、ご存知?」

 

という、私たちが「ご存知メール」と呼んでいる出来事を知らせるメールやライン、メッセージが取って代わったかもしれませんね。

 

私立小学校の先生たちは、横のつながりも強く、こういうご存知メールにどう対処するか、ということも話し合ったりもするのですが、学校によっては、保護者同士のメール交換を禁止するお達しを管理職の先生が出しているとか。

 

それぐらい噂話は蜜の味なのです。

 

いや、お楽しみの蜜ではありません。我が子の置かれた環境、出来事を冷静に、広く知りたいのです。

 

本当に、知るということは大切です。

知らない、から怖くなるのです。

知ることで、対処法がわかります。怖く無くなります。

 

ご存知メールを読んだ後、

「そうか…そうなんだ。なら、うちはこうしよう」

と、対処法を考えたでしょうか?

 

何かしら、少しでも建設的な、前向きなものにつながれば、それは確かに、単なる噂話ではないですね。

 

しかし、

「さあ、次は誰に知らせようかしら…あの方はご存知ないんじゃないかしら…」

と、まず、他人が頭に浮かんだ場合は、それは噂話ですね。

 

私自身は、ご存知メールはさておき、お母さん方がメールをすることを何とも思いません。ましてや禁止なんて、学校が何かを隠しているようで、かえってご存知メールを増やしてしまうと思います。

 

私たちは、メールそのものや、立ち話自体に一喜一憂することなく、その話を自分にどう活かすか、という点だけを考えればいいのです。

 

担任をしていると、ご存知メールが面倒で困る、というご相談もよく受けるのです。

「私には連絡不要です!」

と、きっぱりおっしゃる方もいるそうです。

 

それはそれで、素晴らしい覚悟ですが、普通にお母さん同士の関係性を考えると、ちょっとそこまではやりづらいでしょう。

 

であるなら、メールは受けるし、立ち話も聞くのです。

そして、自分はどうしようかを考えます。

で、終わりです。

次に回しません。

 

私も噂話に参加したことがあります。

人の知らないことを知ったり、人よりも早く知ったりすることは、気持ちいいものです。

 

誰かに、

「これこれ、こんなことがあったんだよ。知ってた?」

と言い、

 

「え?そうなの?」

となると、気持ちいいのです。

 

が、それは本当にその場限りで、結局、人からは信頼されない気持ちよさです。

 

噂話は蜜の味。

人間ですから、多少、食べてもいいのです。

が、食べ過ぎれば、お腹を壊してしまいます。ほどほどが一番です。

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2017年

6月

10日

噂をされた時は、どう考えればいいか。

正論ばかりでもダメ。
情に流されてもダメ。
ならば、その人が真剣に、心の底からやってみようと思うことをやればいい。
(どうせ、文句を言う人は、いつもいる)

お母さんの心が、そう固まった時、お子さんも安心する。


昨日は、噂話の蜜の味について書きました(こちら)。
噂話をしているほうは、どうであれ、その瞬間は甘さを味わっているでしょうが、噂話をされているほうは、たまったものではありません。

今日は、噂話をされているほうの話です。

噂話、あるいは批判の声に対して、取り乱して興奮すれば、ことの事実よりも、その様子から、さらに悪い印象を与えます。

ですから、この手のトラブルが教室で起きた時、まずは興奮状態を沈めて、黙って椅子に座らせることがスタートです。

そして、教室という私が管理している場なら、それぞれの言い分を出す場を作ります。

が、日時の生活の中では、誰かが仲裁して、お互いの言い分を出し合う場など、なかなか難しいでしょう。

むしろ、中途半端な人が仲裁に入ると、トラブルは大きくなります。その原因は、仲裁に入った人の心に傾きがあることと、仲裁に入った人が自分を責められる覚悟をしていないからですが、まぁ、現実的には、仕方ないでしょうね。

夏目漱石の初期の名作「草枕」の冒頭に、こんな有名な言葉があります。

「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。」

まったく共感します。
共感する人が多いからこそ、今に至ってもなお、有名な言葉なのでしょう。

もう、正解なんてないのですね。
噂話をする方には、噂話をする、せざるを得ない理由があり、目的があるのです。

されているほうのせいではありません。
させてあげればいい。
人助けになったのですね!

何をやっても、言う人は言います。
他ならないあなたが、これは大事、これをしてみたい、これはやらない、そう決めたなら、そうしましょう。

お母さんの心が固い時、子どもは安定します。

漱石の草枕は、こう続きます。

「とかくに人の世は住みにくい。住みにくさが高じると、安いところへ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生まれて、画ができる。」

あ〜こんな子がいるクラス嫌だ。
は〜こんな先生は替えたい。
うわ〜こんなお母さんいるグループ最低。

どこのクラスにいっても、どこの学校に行っても、いろいろあると悟った時、お母さんの心の奥に自分自身を、そして次にお子さんを勇気付ける言葉が生まれて、落ち着いた毎日ができるのです。
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2017年

6月

11日

ファスティング?まさか!と思っていたら、スゴかった。

病気やケガ、トラブルは、次のステージに上がるための前奏曲。

思ってもいなかった衝撃的な経験をできるチャンスでもある。

私は、ヤマザキのジャムパンに恍惚とした。



さっそく私ごとですが、先週の日曜日からお腹をこわしてしまい、本当に先週は大変な1週間でした。

日曜日の早朝、お腹が痛くて目が覚め、下してしまい、午前中はまだ動けたのですが、午後からは寒気も出て、完全にダウン…

月曜日は自分の授業もあるもので休めず、子ども達に協力してもらって何とか1日を終え、火曜、水曜と何とか過ごしましたが、何も食べたくないのです。

もちろん、何かを入れれば、すぐに出てしまうことは目に見えていましたが、そもそも、食べたいと思いません。

水曜日の夜は、少しお腹が減った感じがあったので、おかゆを少し、恐る恐る食べました。

ということで、3日半、ほぼ4日間も何も食べず、経口補水液やスポーツ飲料だけで生活していた私ですが、この間、私がそんな状態だなんて、言わなければわからなかった、というのがすごいなあ、と思います。

あんなに食いしん坊で、ちょっと小腹が空いたら、おせんべいだ、チョコレートだとつまんでいた私が、4日近くも食べたいとさえ感じず、しかも見た目は特に変化ないというのが、私には衝撃的でした。

世間では、絶食、断食、ファスティングがちょっと話題になっているようですが、私の場合、どこかの道場に泊まり込む必要もなく、家族の美味しそうな食事にイライラすることもなく、気づいたらデトックスしていました。しかも無料。(より正確に言えば、さすがに水曜日には病院に行ったので、その受診費と薬代で、1800円ぐらいです)

この強制ファスティング体験は、お世辞にも良かった、などとは言えませんが、木曜日の昼、学校で食べたジャムパンの味の衝撃を経験できたことは、良かったと思っています。

まだ恐る恐るなので、ジャムパンの端っこを2、3センチほどつまんで口に入れた時、まだジャムなどかけらもついていないのに、パン生地についた甘味が口いっぱいに広がりました。

噛めば噛むほど、パン生地の甘味が染み込むのです。
思わず、目を閉じてしまいました。
端から見れば、何に恍惚としているのか、よほど高級な食材でも持ってきて、自慢しているのか、よくわからなかったでしょう。

ちびりちびり、パン生地を口に入れ、噛むたびに甘味を味わって、恍惚とする。
そして、とうとう、ジャムが薄くついたパン生地が口の中に入ってきました。
その甘味と酸味は、もう痛いぐらい、脳天を突きました。

写真を見ての通り、このジャムパンは、添加物も香料も多用された、工業製品と言っていいものでしょう。

純粋な意味でのパン生地の旨みや甘味、いちごの味わいを生かしているとは言えないと思います。

けれど、食べ物を味わえるということの幸せを感じ、常日頃は意識もしなかった味わいを感じることができた幸せを感じ、恍惚の境地に至ってしまったのです。

先週のお腹の不調は、結局、何が原因かなんてわかりません。
先々週の金曜日、妙に疲れたな、とは思ったので、その少し前に何かの異物が体に入り、疲れていたこともあって、これだけのことになったのでしょう。

が、いずれにせよ、わざとなったものではありません。
ファスティングしてみたくて、したわけでもありません。

もう、こうなるしかなかった。

先週の仕事は、本当にきつくて、頭痛や寒気が辛かった日、腹痛が辛かった日、フラフラして立っているのも辛かった日、いろいろありましたが、本当に全てを流し去ったような1週間でした。

私が経験してきたことによると、病気やケガ、トラブルは、その子やそのご家族が次のステージに上がるためのきっかけや前奏曲であることが多くあります。

病気、ケガ、トラブルそのものは、お世辞にも良いとは言えないけれど、どうしてもそうならざるを得なかった時、その波にもまれていることは、次の次元に進む過程のゴタゴタを味わっていることなのです。

今、何か困りごとがあるのなら、それは、お子さんにとって、あるいはお母さん自身、ご家族全体にとって、何か一皮むけて、次の大きな成長に向かっている時なのかもしれません。

そう考えれば、思い出したくもない、その嫌なことも、少しは気が楽になります。

私は、ジャムパンの甘味、ジャムさえついていないパン生地の甘味に衝撃を受けました。
あなたも、きっと思いも寄らない、取るに足らない何かの魅力に、きっと衝撃を受けることと思います。
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2017年

6月

12日

デキるお母さんは、座り方にも気を配る。

話し合いは対決ではない。
座り方に気をつけてみませんか?


今日から私の勤める学校では、個人面談週で、午前中授業です。

子どもたちは昼で下校し、午後はお母さん方が一人30分程度の時間で、担任と面談します。

私にとって、いろいろな思い出のある個人面談…
決して珍しくないのが、私に口を挟ませることなく、話し続ける方です。

30分のうち、28分、いや30分を超えて40分以上、話し続けた方もいます。

よほど、聞きたくないことがあるのでしょうか…
まぁ、だいたいの場合、そうですね。
面談の場は、和気あいあいとばかりはいきません。

が、間違いなく言えることは、面談は対決ではないということです。

お子さんの今を見て、その原因は、親だ!学校だ!先生だ!友達の誰それだ!と、責任追及をする場ではないのです。

でも、責任追及のようになってしまうのも、理解はできます。

実際、学校で起きていることに学校や先生の責任はあるわけですし、子どもは学校で生まれて、学校でだけ生きてきたわけではありません。お母さんにも責任はあるでしょう。

それを踏まえた上で、気づいておきたいことは、責任追及は、目線の方向が後ろだ、ということです。

子どもの前には、何が広がっているのでしょうか。
これこら、どんなことをするのがいいか、どんな言葉をかけてあげたいか、戦略会議をするのが面談です。

つまり、目線は前に向いています。

だから、私はお母さん方と向かい合って座りません。
エル字の形で座ります。

向かい合いは対決です。
エル字で座り、会話は目を見てしますが、考えるときは、お母さんを見て考えません。私とお母さんの先に広がっている方向を見ます。

会話は、中身も大事ですが、形も大事です。
席についたところで、どんな席の形に場を作るかで、その関係性は決まります。

ビジネスマナー、礼儀作法として、上座・下座がありますが、それだって、会話の場をどう作るかの問題です。

お子さんと大事な話をしたい時、どう座るのがいいでしょうか?

向かい合って座ってはいけない、という訳ではありません。

意識して、会話の場を作ることは、無意識に影響を与えます。

私のようにエル字に座るのもいいでしょう。
外に出て、ベンチに横並びに座るのもいいでしょう。
あえて、食卓で背筋を伸ばして向かい合って座るのもいいでしょう。

座り方に気をつけてみませんか?
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2017年

6月

13日

これはやっちゃいけない!そんな子育てって?

これはやっちゃいけない!
そんな子育ては…

ない。

「私は正しい」が、今日の合言葉。



この言葉かけで合ってますか?
こういうもっていきかたでいいですか?

お母さん方から、そういう質問を受けることがとても多くあります。

その質問の奥にあるのは、

「私、間違えてないですよね?」

という間違える恐怖だと感じることが、多くあります。

何が正しいのか、何が合っているのか…
実は、私にはわかりません。

この子には、こういう言い方がやる気にさせたけど、別の子は反応なしということは、たくさんあるし、そもそも、やる気にさせたことがキッカケで、ムリをさせて別のトラブルを抱えてしまった、頑張らせすぎた、ということもあるのです。

「まぁ、わかります。なので、大げさな話ではなく、一般的に、宿題をやったり、毎日の生活を安定させるのに、という意味で、お願いします」

そう考えた方も多いでしょう。
そういう「一般的に」というのなら、なおさら、やっちゃいけない方法なんてないのです。

どんな方法も、繰り返しでは飽きます。
同じ言葉かけばかりでは、子どもは大人のホンネを見透かします。

その時、いいなと思うことをやってみる。
あるいは、時には何もしないでみる。
同じことを続けたな、と思ったら、なんでもいいから変えてみる。

やってみるしかない。

「あ、さすがお母さん…」
と、動じないお母さんに子どもが安心した時、子どもは我を出せます。

今日は、
「私は正しい」
と、ブツブツ言いながら、お子さんと接してみてはどうでしょうか?

ただならない雰囲気に、宿題を早々に済ませるかもしれません。
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2017年

6月

14日

長所?短所?どっちも長所にしてしまおう。

表があれば裏がある。
長所と短所は、どっちから見たかだけの違い。



今年度の私は、放課後の預かりを担当していて、スタッフは大学生が多いのですが、その一人が急に休みたいと言ってきました。

聞くと、突然、必修の就職セミナーが入ったとのこと。
それは、仕方ないですね。

詳しく聞いていくと、やはり、自己分析の仕方とか、先輩の経験談とか、まずはその辺りの話のようです。

「あなたの長所は何ですか?」
「あなたの短所は何ですか?」

まぁ、こういう端的な質問はないかもしれませんが、長所や短所は、その場に応じて変わるものなので、どういう場や状況なのか、という前提条件が必要です。

私のセミナーでは、お子さんの気になるところ、まぁ、ハッキリ言えば短所を、どうにか長所にしようと、参加者みんなで考えることをしていました。

この回答は、なかなかおもしろい。
ある女の子のお母さんは、全てに慎重で、ハッキリ言ってトロいのがイライラするとおっしゃいました。

その時、みんな、共通に出たのが、
「おしとやかで羨ましいわ〜」
という声でした。

その声を聞き、お母さんは、
「いや〜そんな見方はしたことがありませんでした」
とおっしゃっていました。

短所は長所にもなるのです。
そもそも、良いとか悪いとか、その発想が幅を狭め、責任論になっていくのです。

責任論になると、隠したり、言い訳がましくなったり、虚勢をはったりすることになります。

のびのびとした自然体こそ、お子さんの力を発揮するし、そんな姿を見て、お母さんも安心できるのだと思います。

でも、より正確に言うと、お母さんがのびのびと自然体でいるからこそ、お子さんも安心できるのです。

私も、毎日、自分の短所にウジウジします。

はぁ、また通販サイトを見てしまった…
はぁ、また怒鳴ってしまった…
はぁ、また塩をかけ過ぎた…

大したことではないけれど、そうやって、やっぱり私はダメなんだ、と再確認しているのです。
その心のクセが、幅を狭めるのです。

いやぁ、通販サイトを見たけど、本当に欲しいものを徹底的に調査するなんて、素晴らしい!
いやぁ、危ないことを事前に見つけて、しっかり止められたなんて、素晴らしい!
いやぁ、これから汗をかく時期に、キチンと塩分を取ったなんて、素晴らしい!

まずは、自分が自分の短所に逃げて言い訳をしないように練習します。

長所や短所…
良いところ、悪いところ…

そういう見方を手放し、「今」を認めていくことで、心は軽くなるのです。
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2017年

6月

15日

上っ面の付き合いだって、あっていい。

ホントは何考えてるかわからない人との付き合い方。

表面だけを見る。

「あの子、ホントはどう考えてるか、わからないんだもん」

子どもたちから、そう言われることがあります。
お母さん方からも、人間関係の相談で、その話になることもあります。

もう、上っ面の関係でいいんじゃないですか?



先日の朝、出勤前にあるスタバに入りました。
スタバネタの多い私ですが、実は、このところ、スタバにあまり足が向かず、ずいぶんチャージしたお金が貯まったままです。

それはいいとして、その朝、そこにいた店員さんは、とてもいい声をしていて、私にかけてくれた声でも元気づけられましたが、お店を出て行くお客さんにかけている声も気持ちよく、スタバにいる間、明るい気持ちにしてくれました。

そこで、この店員さんの何がいいのかな、と考えてみました。

持って生まれたものとしての声…
まぁ、それもあるでしょう。

スタバのサービス方針や店長さんの指導…
まぁ、それもあるでしょう。

実は、私の気分や好み?
それだって、あるかもしれませんね。

考えて、考えてみた結果、どうでもよくなりました。

とにかく、彼女の声で、私は気持ちよくなったのです。

腹の底で、私にムカついていたとしても、スタバでの仕事を終えた後、友達を激しく罵っていても、いい。

「私」が、その瞬間、気持ちよくなれた。

それでいい。

子どもたちと話していて、お母さん方から友人関係の相談を受けて、誰それは、ホントは何を考えているかわからない、という話になることがあります。

もちろん、私自身、そういうことで、あれこれ悩んだり、友達と話をして盛り上がったりしたことがあります。

が、店員さんの声で気づいたのです。

表面だけを見て、自分の気持ちに正直であれば、それでいいな〜

スタバの店員さんは、上っ面の関係でいいけれど、クラスメイトなど、もっと濃い関係で、それっていいのかな…

当然、そういう考えもあるでしょう。
実際、ホンネをぶつけ合うことでしか、本当の関係は築けないと思います。

が、いつでもホンネのガチンコ勝負では、心が傷ついてばかりです。

心はガラスのようなもの。
思っているより強いかもしれないけれど、ガンガンぶつけていたら、傷が入ります。

必要な時は、傷を覚悟で磨く必要はあるけれど、いつもホンネ対決ばかりしなくていい。

上っ面の、お世辞で、気持ちよくなれたら、もうそれでいい。

自分を利用しているだけでもいいし、ウラでベロ出していてもいい。

アレコレ考えることの方が、自分の心を暗くすることもある。

表面上の付き合いに感謝して、今日も過ごそうと思います。
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2017年

6月

18日

塾に行かせるかどうか、迷った時に読んでほしいこと。

お金で解決できることもある。
お金で解決してもいい。

塾に行ったり、家庭教師をつけたりしてもいい。
全部を自分で教えようとしなくていい。


「お金」
欲しいですか?

私は欲しいです。

ところが、
え〜先生なのに、そんな強欲なことでいいんですか?
と、言われてしまうのが、ちょっと怖いな、とも思います。

この話を、何人かに聞いてみたことがありますが、
「もちろん!」
と、明るく、満面の笑みで答えてくれる人もいれば、

「いやいや、お金じゃないでしょ」
と、硬い表情で答えてくれる人もいました。

お金…
たかがお金と流せない、何かがあるようです。

それと同じような感覚があるな、と感じるのは、塾や家庭教師です。

ピアノを習ったり、サッカーを習ったりすることと、塾に行ったり、家庭教師をつけたりすることは何が違うのでしょうか?

始める時期、やらせる分量に気をつけるのは、ピアノでも何でも同じです。

しかし、どういうわけか、塾に通わせること、家庭教師をつけることに、罪悪感を持つ方が少なくないのです。

費用対効果として、塾の効果を感じない、とか、塾の不安をあおる商売気が嫌だ、ということとは、少し違うようです。

本当は、行かせたいかな…と思われているのです。
でも、妙に引っかかる…

かつて、ガリ勉が友達たちから敬遠されていたような感覚が近いのかもしれません。

お母さん方から、本当によく伺うのは、
「私が教えると、怒っちゃって、話にならないんです」
ということです。

それは、そうだと思います。
そこで、学校で勉強をみます。

が、学校が標準的に教えている内容では足りない、もっとさせたいなぁ、と思うなら、塾に行ってみたらいいと思います。

もちろん、行ったら行ったなりに、考えるべきことは増えるでしょう。

行かせたら、もう大丈夫、ではありません。

が、私が言いたいことは、塾に通わせること、そのものをさほど意識する必要はない、ということです。

行かせてみたいと思うなら、行かせてみる。

一度、行かせたら、もうやめられない…

そんなことはありません。
どうしても、塾が合わずに一度やめてしまって、しばらくプラスアルファはしていなかったけど、6年生になるや、一念発起して、俄然、やる気が出たというケースもあります。

塾は、単なる習い事の一つです。
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2017年

6月

19日

大事なことは、ただ、やること。

大事なことは、ただ、やること。

ああだこうだと、意味やら価値やらを盛らない。
単純に、その時に、やろうと思っていることをやる。


私は、このブログや講演、ワークショップのような場で、親子コミュニケーションや言葉かけの仕方など、いわゆるノウハウを伝えています。

そんな私が言いたいことは、ノウハウよりも、大人の心が安定していることで、子どもは安心できる、ということです。

昨日の塾の話にも共通するのですが、あれをさせたいなぁ、と大人が思っても、いや〜まだ早い…あ〜もっとこんなことをさせたい…などなど、ああでもない、こうでもないと、雑念が浮かび続けてしまうのです。つまり、迷いがあるのです。

そんな時に子どもに何かをさせようとしても、大人の迷いは、子どもに伝わりますから、思うように子どもが動かなかったり、失敗したりします。

優しく言うか、厳しく言うか、などなど、いろいろなテクニックも、時に効果がありますが、長続きするものではありません。

大人がどっしりと、有無を言わさずに何かを求めている時は、最終的には、子どもたちは取り組みます。

あれこれ、お説教は、必要ありません。
ただ、やる。
それだけのことです。

私はクラスで子どもたちに何かを求める時、特に、ちょっと多い課題を子どもたちに提示する時こそ、本当にさせるか?と、自問します。

その上で、させようと決めたら、とにかくさせます。
やりきれなかったら、その時に対応を考えても間に合います。

こういう時は、大人の言葉は少ない方がいいようです。
いや、黙っているに限ります。

あれこれ言うと、言い訳がましくなります。
もしくは、こちらが勝手にキレ気味になります。

大事なことは、お説教を盛らずに、ただ、やることです。
意識をやることにだけ向けるのが、必要です。
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2017年

6月

20日

ざんねんな子育て図鑑?

残念な子育て…

誰がそんなことを決めた?

残念だと思うのも自由だけど、最高の子育てにした方が、よほどいい。


昨日、中央線の車内吊り広告で、本の宣伝を見かけました。

題して、
「ざんねんないきもの事典」

その広告には、サイの角は、ただのイボと書いてあり、単純な私は、へえ〜と思い、思わず、ネット検索しそうになりました。

この広告は、少なくとも私の心に残り、あと一歩で検索という行動をおこさせそうになり(事実、その後、このブログを書くために検索をさせました)…ということで、宣伝の効果はある、ということですね。

ただ、私の心に次に浮かんだのは、ざんねんな、って、誰が決めたんだ?ということでした。

サイは、何かに失敗して、残念な気持ちに打ちひしがれて、イボを角として使う覚悟をした訳ではありません。

いろいろな与えられた環境を淡々と生きているだけです。

本のタイトルの付け方、読者の関心を引く内容と装丁などなど、「本」としては、もちろん問題があるなどと思っていません。

ともすると、買ってしまうかもしれません。

が、私たちの生活の中で、
「残念な」
と、決めているのは誰だろう…
と考えてみることは、大切だと感じます。

サイは自分の角について、悩んだり、シカの角を見て羨んだりしないのではないかと思います(もしかしたら、思っているかもしれませんが…)

でも、私たちは、自分の与えられたモノ、コト、やったコト、やれなかったコト、やれそうもないコトについて、「残念だ〜」と感じます。

サイは角を変えられない。
私たちも、与えられたモノやコトの中で変えられないところもある。
やってしまったコトは変えられないし、おそらく、他の人にやれて、自分にはやれないコトもある。

それを
「残念」
とするか、

「素晴らしい」
「最高」
とするかは、自分自身が決めることができます。

「そんなの逃げだ!」
それもわかります。

が、それさえも、
「逃げ」
と、とらえるか、
「与えられた環境を最大限、活かしている」
と、とらえるか、自分次第です。

ですから、私は、日々、
「あ〜またやっちゃった…」
「なんて、私はダメなんだ…」
と感じ、

「おっと!違う違う〜」
と、感じ直す練習をします。

そして、しょげている子どもたちを励まし、お母さん方には、新しい視点を提案しています。

あなたの子育ては残念ですか?
まぁ、残念な結果だったと思ってしまうことは、あったかもしれません。

が、それは、長い目で見れば、お子さんやご家族の皆さんにとって、必要な素晴らしいことだったのではありませんか?

残念と思うのも自由、最高と思うのも自由です。
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2017年

6月

21日

旧家の出身だったので、救われた!?

根も葉もない噂をされたら、こうしよう。

まず、黙っている。

そして、誰かに直球で聞かれたら、落ち着いて、ゆっくりした言葉で答える。



かつて、こんな楽しい(!?)ことがありました。

「先生、大変でしたね〜」

あるお母さんに同情されたのです。

「はぁ…何がですか?」

聞いてみると、

・私は地方の旧家の出身
・私が幼い頃に両親が相次いで病に倒れ、早くに1人になった。
・しかし、家に資産があり、私立一筋で生活できた。

いやいや〜
聞いてビックリでした。
もう、大笑いです。

どこでどうなったのか、怖さどころか、笑いしかありませんでした。

私は東京生まれの東京育ちです。
が、青木の家は、そもそも香川の三本松というところにあり、祖父が初めてサラリーマンになったことから、転勤族で、あちこち動き、父と母は東京で出会ったということです。

そして、両親は、まだ健在で、ありがたいことに、たいしてクスリも飲まずに、特に父は現役で働いています。

最後に、実家に資産が…
あって欲しいものです。
まぁ、資産とは、お金や土地、株券だけとは限りませんよね。
青木家は、もともと愛媛県にいた半農半士だったようですが、戦国時代の終わりに破れて、香川に移ってきたそうです。
そういうルーツがはっきりしているところも資産といえば資産です。
今度、田舎に帰った時は、納屋の裏でも掘ってみようかと思っています。

この手の話は、荒唐無稽すぎるし、仮にそうだとしても、死んだことになった両親は別として、そんなに嫌な気持ちにもなりませんが、たいていの場合、根も葉もない噂というのは、言われると傷つくものです。

そんな時、大慌てで聞かれてもいないのに、否定して回ったり、別の噂を流そうとしたりすると、その慌てた様子に、周りの人たちは疑いの目を向けます。

あえて直球で聞いてくる人が来るまで、待ちましょう。
そして、ここが大切なのですが、落ち着いて、ゆっくりした言葉で答えることです。
ちょっと笑ってしまうぐらいでいいのです。

噂は、所詮、噂です。
嘘でも、本当でも、本人以外には関係ありません。
事実うんぬん以上に、その人の安定感に、周りは影響されます。

それにしても、どこをどうしたら、そんな話になるのでしょうか…

本当にわかりませんが、噂とは、そういうものなのでしょうね。
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2017年

6月

23日

成田エクスプレス車内で衝撃を受けた下半身が真っ黒とは…

グレーやネイビーのズボンを白やブルーにする。
それは、どういうこと?

人と違っていい。
ルールやマナーを守ることと、何でも人と合わせることは別。


数年前の8月下旬、私は1人、成田空港に向かっていました。

成田エクスプレスは、総武線の駅を順調に通過して、空港に向かっていましたが、ホームに溢れている人々を見て、私は衝撃を受けました。

ほとんど、下半身は真っ黒、上半身は真っ白なのです。

当然です。夏ですから、クールビズで、ジャケットはなく、ズボンに半袖ワイシャツという組み合わせなのです。

が、その光景は、本当に衝撃的だったのです。

目立たず、平均的であることが、重要視されることは、悪いことばかりではないけれど、無言のプレッシャーのようなものを感じ、私は、明るい色の服を着よう、と妙に決意したのでした。

もちろん、人と違うことを、あえて目指す必要はありません。

わざわざ、明るい色の服、派手な色の服を着ようとする必要もありません。

むしろ、服のプロトコルを大切にして、自分の着たい服を着てみよう、と思っています。

ルールやマナーを守るという、正論の下に、本当にやりたいことや、言いたいことをごまかすことは、自分らしさを隠すことでもあります。

もちろん、
「まぁ、オシャレですね〜」
と、嫌味を言われることもありますが、それは仕方のないことです。

まだまだ、人の目や評判が気になるのは事実ですが、まずは、私自身が、本当に自分らしく生きて行こうと思います。
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2017年

6月

25日

余計な一言をいかに減らすかが勝負。

ホンネに正直なのは、いい。
余計なのは、その一言。


先日、吉祥寺の狭い歩道を女性が何人かで塞いで歩いていました。

ちょっと急いでいた私は、正直、イラっとしたのですが、その時、私の心の中には、ここでは書けないような悪態が浮かんだのでした。

そこで思いました。
急いでいるんだし、道を空けてください!と言うのはいい。

空けてくれなかったとしても、自分の要求は伝えられる。

余計なのは、
「全く!」
とか、
「これだから〜」
とか、そういう、追加の一言なのです。

子ども達のケンカの仲裁をしていると、同じようなことが何度もあります。

あなたの一言で私は傷ついた。やめてほしい。
あなたのしたことは、私は本当にイヤ。

それを伝えることは、必要なことです。
が、もちろん、そんな冷静な会話にはなりません。

お前は、いっつも、イヤなことばっか言う!
そんなことは、わからないんですね〜へぇ〜アタマ悪いね〜

と、悪態が付いてきます。
というより、悪態が先にきます。

私の仕事は、悪態の部分を捨てて、ホンネを濾しとって、相手に伝えることを手伝うことです。

それをキチンとやらないと、悪態が終わりません。
もちろん、相手が素直にやめてくれるとも限りませんが、自分でも気づいていないホンネをキチンとハッキリさせる。そして、それを相手に伝える。

それだけでも、悪態合戦は、ずいぶん少なくなります。

それをやめてください。
私はイヤです。

それに、
「ふざけんなよ」
とか、
「馬鹿だね」
とか、余計な一言を、何とか減らしたいものです。
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2017年

6月

26日

熱海に行ってきました。たった2時間…

豊かさは自分で決めるもの。

お子さんの良さも、自分で決めていい。


先週の土曜日、熱海に行ってきました。
日帰りです。

その滞在時間、わずか2時間!
正確には、1時間45分…
え?
もったいない〜

いやいや、最高に豊かで、贅沢なのです。
実は、春に家族で熱海に行ったのですが、その時に買った新幹線の回数券が2枚だけ余っていて、有効期限が昨日までだったのです。

妻と行こう行こうと思っているうちに、最後の2日となり、しかも、妻が実家に用があって土日は動けないということで、私が1人で行ってきたわけです。
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2017年

6月

29日

お母さんがお子さんに教えてあげたい格言。君子危うきに近寄らず。

気になることがあったなら、いなくなればいい。

君子危うきに近寄らず…
それは、逃げではない。
来たるべき、本当に大切なホンネ勝負に備えて、気力、体力を蓄えること。


私は、本音を相手に伝えることが、とても大事だと思っています。

もちろん、相手が期待通りの反応をしてくれるとは限りません。

が、まず、自分が自分の本音に気づくこと、そのものがスタートになり、しかも、それを相手に伝えた、ということが、大切なのです。

それだけでも、ずいぶん、納得できることが増えます。

そんな私ですが、いつでも、何でも、本音を相手に伝えることが大事だとは思っていません。

現実の日常生活では、そんなにいつでも、本音を出していては、とても気力、体力がもちません。

最近、私は再び、スタバ熱が高まっていて、毎朝のように、吉祥寺、三鷹や武蔵境のスタバに出没しています。

すると、気になるお客さんの横に座ってしまうこともあります。

一番、多いのが、パソコンのキーボードを打つ音です。

新幹線の車内でも思ったことがあるのですが、悦に入っているのか、没頭しているのか、周りのことなど、思い浮かぶ可能性もないほど、パタパタ、バタバタやっていると、隣の私は、時に気になって仕方がありません。

そんな時は、サラリと席を替えます。

新幹線の指定席のような場合は、また別と思いますが、他にも選択肢があるなら、早くいなくなってしまうのが賢い手だと思います。

クラスでも、子ども同士の話し合いは、とても大事なのですが、いつでも、何でも話し合いでは、もう、嫌になってしまいます。

時には、争いごとに、あえて入っていかずに、サラリといなくなってしまうことが大切だと思うこともあります。

本音のぶつけあいが必要なのか、流した方がいいのか、その見極めは、本人と相手の気持ち、状態、経緯によります。

ここで大切なのは、いなくなることは、逃げではない、ということです。

来たるべき、大事な本音勝負に備えて、気力と体力を蓄えることなのです。

君子危うきに近寄らず…

必要な知恵です。

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2017年

6月

30日

白いパンツをはいたら、勇気が出た。

やってみたいことに、ちょっと勇気を出してみることで、やる気が出る。


今日のブログは、いきなりの自撮りです。

実は、ちょっとやってみたかった…

え?
どうせ、毎日、ブログ書いてるんですし、いつでもやったらいいんじゃないですか?

と、思った方が多いのかな、と思います。

しかし、
何、調子に乗ってるの?
そんなダサい格好で、よく世界中に自分を晒せるね。

などと、ネガティブな気持ちが浮かんだ方もいらっしゃるかもしれません。

まぁ、それは仕方ないですよね。
自分の自由意志で、何かをアウトプットしているのですから、反応が思い通りなわけがありません。

でも、私はブログで自撮りをアップしてみたかった…

よくやっている人をネットで見て、私もやってみようかな〜と、思っていたのです。

ハッキリ言って、慣れている人からすれば、何でもないことです。
が、自意識過剰な私は、あれこれ想像してしまうのです。

そんな私が、今日は自撮りを出した。
それは、白いパンツをはいたからです。

今朝の東京は、しとしと雨の降る、梅雨らしい天気でした。
でも、私は白いパンツがはきたかったのです。
損得からいうと、チャコールグレーかネイビーのパンツが正解です。

実際、クリーニングに出す直前のチャコールグレーのパンツがあったので、今日1日ぐらい、はいても良かった。

それでも、私は白いパンツをはきたい、という、まさにどうでもいい、小さな勇気を出してみました。
すると、慌てている朝なのに、自然と自撮りをし、通勤途上の中央線で写真のトリミングをし、15分ぐらいしかいられないのにカフェに入って、ブログを書く今につながりました。

私の自撮りや、白いパンツ、コーディネートなんかは
どうでもいいのです。

本当はやってみたいなぁ、ということは、小さいことで、意外と人に言えなかったりします。

それをやってみる、ちょっとした勇気は、他の行動にもつながります。
お子さんの毎日も、そんなちょっとした行動で、明るいものになります。

ただ、いくら口でそれを、言ったところで、引っ込み思案、心配性な子なら、できません。

そこで、お母さん自身が、本当はやってみたいなぁということをやってみることが大切です。

世間で言われる、いいお母さん、デキた妻かどうかではなく、本当はやってみたかった、ということを、ぜひやってみて欲しいなぁと思います。

その背中をお子さんは見ています。
そして、イキイキしているお母さんから、お子さんはパワーを受けるのです。
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