2017年

1月

01日

お母さん!今からでも間に合う、年の初めに、お子さんの目標をより深いものにするヒントをご紹介します。

明けましておめでとうございます。
本年も、よろしくお願いいたします。

穏やかな新年を迎えた東京です。
井の頭公園を散歩しましたが、まさに穏やかで、素晴らしい一年の始まった象徴のような気がしました。

さて、年の初めに、一年の目標を立てるという方も多いでしょう。自然な気持ちだと思います。

一方で、1月も後半になると、目標などすっかり忘れ、同じことの繰り返し、ということもあるのではないでしょうか?

私の場合、そんな風に、何事もなかったように消えてしまう目標と、意外と深く心に入って、現実の生活を変える目標があります。

その違いは、誰かのヒントや影響で思いついたことなのか、自分自身の心から出てきたかというところにあるようです。

友達との会話、テレビでのタレントの発言、もちろん、お母さんからのオススメなど、子どもは、
「今年こそ〜」
「今年は!」
と、やる気になれるものです。

が、やはり、押し付けは押し付けです。
もともと、子どもの心の中で、気になっていたこと、やりたかったことなら、他人からの刺激が効果もあるでしょうが、そうでないなら、生乾きのボンドにくっついた部品のようなものです。次第に傾いてきて、気づいたら取れている…

なら、どうするか。

やはり、お子さん自身に考える機会を作ることが大切です。

子どもに考えさせる、という名のもとに、実はお母さんの思う方に引っ張ろうとしていませんか?

お子さんに考える機会を与えるためには、お母さんの期待とは違う答えが返ってくるかもしれない覚悟が必要ですが、お子さんが自分で考えたことなら、粘着力は何倍にもなるでしょう。

ところが、子どもによっては、ワクワクしてしまい、できもしないこと、より正確に言えば、本当はしたいなんて思っていないことを目標にしてしまうことが多くあると思います。

ですから、お母さんはお子さんの気持ちを慎重に見極めて、数を絞ることを心がけてもらいたいな、と思います。まぁ、3つぐらいがいいんじゃないでしょうか。

そして、話を少し、具体的にすることが大切です。
「友達に優しくする」
という目標は、本当に素晴らしいのですが、もうちょっと深く掘ると、意識が続きやすい目標にできます。

そんな時は、
「それって、どういうこと?」
とか、
「誰についてのこと?」
など、ちょっと合いの手を入れてあげてください。

こんな風に、お子さんの考える目標に対して、お母さんがちょっと手を出してくださることで、その意識がずいぶん続きやすくなるのです。

今年も、このブログをできるだけ、たくさんの人に読んでもらいたいと思います。お知り合いなどに紹介してくださったら、とても嬉しいです。

今年もよろしくお願いいたします。

2017年

1月

03日

12年前のこと、覚えていますか?酉年は、実りの刈り取りであり、新しい種まきでもあるそうです。

12年前、何をしていましたか?どんなことを思っていましたか?

振り返ってみると、この1年を力強く、進んでいける。

 

 

先ほど、テレビをつけてみました。

すると、

「酉年は、実りの前の、種まきの時」

と、解説をしている人がいました。

 

ニワトリが先か、タマゴが先か、確かに「トリというと、タマゴとセット」という気がします。

 

酉年の意味、いわれなどは、ご関心のある方は、さらにネットなどで調べていただけるといいと思いますが、私が面白いな、と思ったのは、12年前を振り返ると、新しい発見があるということです。

 

私にとって、12年前は29歳の年。

今、大学3年生(春からは4年生)になっている子達を3月まで担任し、4月からは、新校舎建て替えの準備業務のため、担任を降りた年でした。

 

つまり、私の今の勤務先で、一区切りついた年、担任だけでなく、学校の業務を幅広く取り組むようになった年です。

 

正直なところ、当時の私は、あまり明るく、前向きな状態ではありませんでした。

やはり、担任として子ども達と過ごしていたい、という気持ちも大きかったです。

中学年の担任を4年間して、さあ、高学年に進もう、という流れでもありました。

自分のキャリアがズバッと絶たれたような気になっていたのだと思います。

 

ところが、12年経って、思うことは、私が担任に専念することなく、いろいろな経験をする機会を得たことは、本当にありがたいことだったということです。

 

12年前の1月に担任していたクラスは、私にとって2回目ということもあり、少しゆとりを持って取り組むことができました。毎日、とても楽しく、1つの実りとも言えたでしょう。

 

それを手放して、次に新しい種をまくということは、精神的には、ちょっと辛いところがあるのも当然です。


今年は、私にとって、1つの実りを感謝していただいた上で、それを手放し、新しい種をまく年になりそうです。

 

具体的には、このブログを始め、私が個人として取り組んでいること、書くこと、話すことなどを、もっと広げていきたい、と感じています。

 

このブログをいろいろな方にお知らせしてくださったなら、本当に嬉しいです。

他にも、何か書いたり、話したりするご縁があれば、よろこんで取り組んでいきたいと思っています。

 

どうも、最近はこういう気持ちが強く湧いてきます。

理由はわかりませんが、自分の中から湧き出るものには、力があります。

 

そして、12年前を振り返り、

「そうだった、あの時も、多少、辛かったけど、新しいステージに上がったんだった…」

と思えたことで、さらに力強く、進んでいけそうです。

 

さて、あなたは12年前、どうされていましたか?

もしかしたら、仕事をしていたけれど、お子さんの妊娠や出産を機に、一区切りつけよう、など、実りの刈り取りと、新たな種まきをされたかもしれませんね。

 

明日からは、もう仕事という方も多いと思います。

三が日、最後の晩に、12年前を思い出してみませんか?

きっと、今年の歩みが、さらに力強くなると思います。

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2017年

1月

04日

去年の秋、ある子が私に教えてくれました。本当に必要なのは、たった一つのことだったんだ…

本当に必要なのは、たった一つの感覚。

「好き」


先日、初売りで、買わなくてもいいセーターを買ってしまい、そのことから、本当に欲しいものはセーターなど、「モノ」ではなく、

・こんなお買い得商品を買えて、
「スゴい」

・もう、これで何かがあっても、
「大丈夫」

という、存在価値と安心感なんだ、ということを書きました。(こちら

そのことを考えていたら、二つどころか、たった一つの言葉でいいんじゃないか、と思い至りました。

その言葉は、
「好き」
です。

この言葉は、
・スゴい、存在価値がある、素晴らしい
ということがベースになっていますし、
・好かれている、一人ではない、関心を持ってくれる人がいる
という安心感を含んでいます。

なるほど…
「好き」か…

やっぱり、誰にでも(!?)、好きと言われたら嬉しいなと思います。

いやいや…あの人には好かれたくない…

そういうこともあるでしょう。
ストーカーになられても困りますし。

ということは、自分も、「好き」であることが大切ですね。

好きなヒトと過ごし、
好きなモノに囲まれて、
好きなコトをして、
好きなトコロにいる。

なんて、素晴らしいんだろう、と思います。

〜そんなことは、できませんよ。
会社や学校には、顔も見たくないアイツがいて、本当は欲しくもないけど、買うしかない安物しか手に入れられなくて、絶対にやりたくなかっためんどくさいことばかりやらされて、仕事や学校を考えると、ここにいるしかなくて〜

全てが当てはまらないとしても、一つや二つのイヤなことは、もちろん、私にもあります。

ところが、自分が好きなヒト、モノ、コト、トコロの方を意識するようにしただけで、ずいぶん、心が軽くなりました。

どうせイヤなことをゼロになんてできないのです。
イヤなことは、いろいろあるけれど、好きなことだっていろいろあるのです。

この手の話は、よく言われていることです。
そんな風に思えれば、苦労はありませんし、なんだか胡散臭い…

ところが、去年のある秋の日、突然、私の前に、ある子どもが現れて、何の前触れもなく、私のことを好きだ、頼りにしている、ということを言ってくれたことがありました。

私は、その日以来、なんて毎日はステキなんだろう、と感じて過ごせるようになりました。

もっとあれがしたい、これが欲しいという煩悩は相変わらず、山ほどありますが、一人の人間に、そう言ってもらえたことは、私にとって、とてつもない価値がありました。

これからも、私は煩悩を大切に、自分の煩悩に正直に生きていきます。

が、なんだ…大切なものは、こんなに身近に、しかも、もうあったんだ…と思えたことで、悲壮感がなくなったと思います。

無いものは無いし、できないことはできませんが、あるものはあるし、できることはできるのです。

「好き」

という感覚だけを頼りにした方が、心は軽く過ごせるようです。

2017年

1月

05日

お母さん、質問と見せかけて、イライラをぶつけたり、自分の考えを押し付けたりしていませんか?

いい質問のコツ…

「誰のための質問?」を意識する。

質問と見せかけて、怒りをぶつけたり、気持ちを押し付けたりしていませんか?


家に帰り、食事を済ませると、ソファでゴロゴロとしたくなる…わかっていただけるでしょうか?

ウトウトしてるのか、起きているのか微妙なところで、テレビから流れてきたクイズ番組の音に、パッと目が覚めて、
「違う違う〜そうじゃないよ〜」
と、たまたま答えのわかる問題に答えてしまったことがあります。クイズ番組は、なかなか刺激的な娯楽です。

「質問」には、そんなパワーがありますが、クイズはあくまでクイズ。特にテレビ番組ですから、娯楽の要素が強くて当然です。

結局、クイズは質問する人のための質問なのです。
もちろん、その娯楽を刺激として、興味が湧いたり、実際に調べに行ってみたり、と行動につながることもあるでしょうが、親子の会話がクイズになると、子どもは常に試されているような状況になってしまいます。

質問には、いろいろなテクニックもあると思いますが、何はともあれ、誰のための質問なのか、だけを意識することが大切です。

質問の形式をとって、相手を責めていたり、質問の形式をとって、自分の考えをおしつけていたりすることもあると思います。

質問された方は、した人のホンネに敏感です。
どうせバレているのです。

質問という隠れ蓑を着せずに、言いたいことがあるなら言う、その方が、よほど聞いている方が楽です。

寝ぼけていた私を一気に覚醒させたほど、質問には力があります。

が、クイズは所詮、クイズ。
その場の娯楽か、試されているかのどちらかになってしまいます。

いい質問は、新しい気づきをもたらしたり、心の深い癒しになったりもします。

なかなか、そんな会心の一撃はないかもしれませんが、
「誰のための質問か」
を意識するだけで、クイズから脱することはできます。

ぜひ、頭の片隅に置いておいてください。
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2017年

1月

06日

「上に行け!」そうか…暗くて、前の見えないトンネルなんて出てきて、上に行けば良かったんだ…困りごとや悩みごとがある人へのメッセージ

困りごと、悩みごとがあるのなら、解決はこうだ!
「上に行け!」


あなたは、よく夢を見ますか?
私は、まぁ、普通でしょうか。見ることもあるし、見ない日もあります。

より正確に言えば、覚えていないだけなのかもしれません。

いずれにせよ、私は、神がかった体質ではないらしく、正夢やら、お告げやらを見た試しはありません。

が、今日は、妙にくっきりしたメッセージを夢でもらいました。

夢の中、私は誰か二人で、山の洞窟、岩のトンネルのようなところをよじ登り、細い通路を進んでいました。

すると、ギリギリ届かないところに、誰かがかけた、板の通路のようなものがあり、進めなくなってしまいました。

そこで、何を思ったか、ラジオ番組に相談しているのです。

そして、あり得ないことに、すぐに回答があり、くっきりと、力強く、こう言われました。

「何をバカな!上に行けばいいんだ」

その時、私は、そうか。トンネルを出て、山を登れば、向こう側に行ける!と思い、その後は、覚えていません。

その後、私は珍しく寝坊して、妻に起こされた始末でした…

それでも、私には、ハッキリ声が残っていました。

これは、別にお告げでも何でもないのです。
私が将来を見通せる訳でもないのです。
単純に、日々のヒントとして、
「そうか…トンネルを出て、上に行けばいいんだ」
と思っているのです。

困りごと、悩みごとがあると、まるで暗いトンネルの中を手探りで進み、何か大きなことがあるたびに、もう前には進めないのか!と不安になるような気持ちになるのではないでしょうか。

でも、トンネルを出て、上に登ってもいいのですよね。
うーん…
それは、そうなのですが、困りごと、悩みごとの上には、何があるでしょうか。
どうすれば、上に行けるのでしょうか。

どうしても、アイツは、オレをバカにしている!
会うと、いつも、イヤなことを言われる!

例えば、そんなトンネルに入ってしまっているとします。
この場合、「アイツ」の上に行ってしまえば、こうなるかもしれません。

アイツは、人をバカにするなんて、きっと困っているんだな…
そういう関わり方しかできないんだな…
そうか。
だったら、イヤだとだけ伝えて、あとはソッとしておこう。

上の行き方は、人それぞれです。
アイツと徹底的に戦う、という上もあるでしょう。
いずれにせよ、アイツの下に行かないことです。
このトンネルを出ることです。

さあて、私はどうでしょう…
ありがたいことに、今の私は、そんなに困ったトンネルには入っていないようです。

あ…
入っていました。
私は、教師としてどう進むのか、暗い、前の見えないトンネルに入っていると思います。

そうか…
それは問題じゃなかったんですね。
教師としてとか、現役先生としてとか、そんな枠組みを超えて、どう生きたいのか、決めていいのだと思います。

もし、あなたが、お子さんが、暗いトンネルの中に入っているのなら、ぜひ外に出て、上に行く方法を考えて見てください。

そんなのムリ…
アイツは、いつでも追いかけてくる!

本当でしょうか?
実は、追いかけているのは、自分自身なのかもしれません。
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2017年

1月

07日

コッソリ教える、子どもの心を落ち着かせる秘訣とは…

波だった子どもの心を落ち着かせる秘訣…

それは、
「書く」
こと。


ケンカしたり、何かが上手くできなかったり、いろいろなことで、子どもの心は揺らぎます。

本人がもちろん辛いけど、お母さんだって、同じように辛い。

あ〜早く何とかしてあげたい!

けど、どうしていいかわからない…
話を聞いてはみたけれど、何を言ってるのかサッパリわからない!(特に男の子…)
話を聞いているうちに、妙に腹が立ってくる!(どういうわけか、女の子に多い)

結局、イライラして、ケンカになって終わる。
そして、自己嫌悪…

ならば、会話を紙に書いてみませんか?

紙に書くことのメリットは、2つあります。

まず、整理されることです。

「ふざけるな!あんなやつ、死んでしまえばいい!」
など、その言葉だけは、言わないで、という言葉が飛び出してきても、まずは受け止める。

それを文字にして、目で本人が見られるようにすることで、自分の出した言葉が何なのか、振り返りやすくなります。

確かに、「死ね」という言葉を大っぴらに使っていいとは思いません。

が、それを伝えるのは、後にしましょう。
まずは、お子さんが落ち着くことが第一です。
(まぁ、日本死ね、とあれだけメディアで騒がれていて、子どもが軽く死ねと言わない訳がないのですが…)

そして、もしかしたら、こちらの方が大事かもしれません。

2つ目は、書いてもらうことで、子どもが大切にさらた、自分の言葉を受け止めてもらえた、と感じてくれることです。

正確には、言葉ではなく、気持ちです。
他人は変えられないし、簡単に壁は越えられないけれど、まず、自分の気持ちは受け止めてもらえた、ということには、とてつもなく、大きな価値があります。

少し話がずれるかもしれませんが、授業の鉄則として、子どもの発言は、黒板に書いてあげる、というものがあります。

教師の求めていたものだけを書くのではなく、どんなに的外れに思えても、せっかく発言したことを「書いてもらえた」ということで、無言のうちに、認められたんだ、と感じることができます。

何かと大忙しのお母さんですから、そんなに毎日、会話を書く必要なんてありません。

あ…今日は、ちょっと大きいぞ。

と思った時だけにしましょう。
家庭が、毎日、授業になったら、疲れます。
一言一句、書き漏らすまいともしなくて構いません。

キーワードだけ、ちょっと書くだけでいいのです。

ぜひ、試してみてください。

2017年

1月

08日

自分に自信が持てるようになるための心の持ち方とは…

松が明けたばかりの1月8日だからこそ…
自分に自信を持てる秘訣…

「元旦に決めた目標を忘れよう」


1月8日。
松が明けました。
お正月もおしまい…

さぁ、いよいよ3学期!
今学期こそ、今年こそ、と、あれこれ考えた目標は、忘れてもいいのです。

え?
あの…
お正月に、このブログで、目標の立て方、なんて記事がありましたよ…

はい。
確かに書きました。
もちろん、私なりのホンネ、本心で書きました。

その上で、今日の記事もホンネ、本心です。
目標は、立てること、立てている自分が気持ちよくなっている可能性もありますよね。

私もクラスで、節目節目で、子どもたちと目標を書いてきました。

その経験から思うのは、書けない子は本当に書けない。書ける子はスラスラ、どんどん書いてしまう、ということです。

中には、バランスのいい目標を立てて、それを思い返しては継続できるタイプの子もいますが、まぁ、本当に少数派です。

多くの場合、
・やっぱりできなかった…
とか、
・どうせ、できないから書かない。
とか、目標が現実に追いつかず、できない意識を強めてしまうことが、私には気掛かりです。

だから、目標はしっかり立てただけで、もう合格!とすることが大事です。

元旦から一週間。
「ねぇ、あの目標はどうなったの?結局、2日とできなかったじゃない!」
と、嫌味を言っていませんか?

もちろん、言いたくもなります。
それは当然です。

が、大切なことは、
・お子さんが自分からやる気になって、
・これをやろう、ということを決めて、
・少なくとも始めてみる、
ということです。

だとしたら、嫌味で攻撃せずに、1日でも、1回でもできたことを認めることが大事です。

だから、あの目標は、もう忘れたっていい、というぐらいの心持ちでいるぐらいの余裕があるといいのだと、私は思います。

それに、さらに重要なことに、私たちは、子どもたちも、自分がホンネで求めていること、やろうとしていることは、あえて「今年の目標」などと、掲げなくても、無意識のうちに、やるのだと思います。

これは、むしろ具体的な生活習慣や、学習の問題ではなく、心の持ち方や対人関係などの方が当てはまるかもしれません。

「やっぱり、ボクは友達にバカにされる」
「どうせ、ワタシはうまくできない」

そんなことが、無意識のうちに「目標」になっていたら、友達がバカにもしてくる(どんな言葉や態度も、バカにしてきた、と思える)でしょうし、ミスだらけ(ちょっとしたミス、タイミングが悪かっただけのことでも…)になるでしょう。

そういう意味でも、目標に縛られないことが大切だと、私は思っています。

さて、私の話をします。
今年の私は、このブログをたくさんの人に読んでもらいたいと思っています。
そして、どんどんお話をしに出かけたり、何でも新しいことに取り組もうと思っています。

これでは、ハッキリ言って、達成できそうな目標とは言えないでしょう。

これを私のクラスの子どもが書いてきたとしたら、私はもっと、突っ込んだ質問をします…

でも、私はこれをブログに何度か書いた、ということだけで、もう達成しているのです。

私は、以前、本を書いたことがあります。
おかげさまで、今でもまだ流通していますし、吉祥寺の本屋さんで目にすることもあります。

実名で本を出して、名前をネットで検索すれば、バッチリ顔写真まで出るのに、私はうだうだと、失敗や批判を恐れて、態度がハッキリしていませんでした。きちんと目標通りになっていたわけです。

昨年末、突如として、このブログをたくさん読んでもらえるようにしよう、どんどん人に紹介して欲しい、どんな話でも紹介して欲しい、とハラが決まったのでした。

このようなことを書けば、
・現役の先生がいいの?
とか、
・目立ちたがり屋ね〜
とか、
・お金が欲しいのね…
とか、読者が離れてしまう、そして、批判も浴びるのは、当然のことです。

でも、私は書きたいし、話したいし、訴えていきたい。

ま、それでいいか。
と、今は思えるのです。
なんででしょう…

この心境の変化は、何かキッカケがあったわけでもないし、いつか目標を紙に書いて額に納めたからでもありません。

そうなってしまったのです。

ということで、「目標」は、一人一人の心の中に、確実に、強くあるので、忘れても大丈夫、というわけです。

できない自分の再確認ではなく、できている自分の再確認となる目標を無意識のうちに持ちたいと思います。

2017年

1月

09日

吉祥寺の餃子の名店「みんみん」で、価値観の相違問題に思いをいたして欲しい…

吉祥寺の餃子の名店、みんみんで気付いた、「当たり前」の恐ろしさ。
自分にとっての当たり前は、他人にとってそうとは限らない。
それこそ、当たり前だけど、近しい人こそ、意識しないと、価値観を押し付けて苦しめてしまう。
もちろん、親子だって…
吉祥寺の餃子の名店、みんみんをご存知の方も多いと思います。
私は、たまに無性に行きたくなるのです。
以前は、あさりチャーハンと餃子で千円ぴったりで、ちょうどよかったのですが、値上げにもなった上に、何より、そんなに食べられなくなってしまいました。
そこで、最近は妻と二人で出かけて、餃子は二人で半分ずついただくことにしています。これだと、気持ちよく(ちょっとお腹いっぱい過ぎな感じではありますが…)、お店を出られるのです。
さて、昨日は、久しぶりに、その名店に出かけたわけですが、私はお決まりのあさりチャーハンで決定。妻は、中華そばとしょう油ラーメンで迷っていました。
その値段の差は20円。
内容の差は、もやし炒めの有無なんでしょうか…スープまで違うのかは、よくわかりませんが、見た目でハッキリわかるのは、もやし炒めの有無なのです。
20円の差とは思えない、見た目の違いです。
私なら、迷わず、しょう油ラーメンにします。
が、妻はそう簡単ではありませんでした。
しばらく悩んだ末、結局は、塩ラーメンになったのですが、迷っている姿を見て、当たり前だけど、当たり前って、人によって違うよなぁ、と思ってしまいました。
「普通、こうでしょ」
この、「普通」がクセものです。
普通、20円の差なら、しょう油ラーメンでしょ…
普通、初めて会ったら、挨拶するでしょ…
普通、何かもらったら、お礼を言うでしょ…
挨拶やお礼は、当たり前のレベルが違うかもしれませんが、それでも、自分にとって、「普通」、「当たり前」ということこそ、時々、相手にもそうかな…と思い返してみると、相手へのプレッシャーを減らすことになります。
これは、私が、当たり前に思っていることを、相手に合わせたり、修正したりして欲しい、という意味ではありません。
あくまで、相手には、相手の「当たり前」、「普通」があるんだなぁ、と受け止めて欲しいだけなのです。
普通、こういう日は宿題をやらないでしょ…
「は?そんな普通、あるか!」
確かにそうです。
が、その子は、いつの間に、そんな「普通」を手に入れたのでしょう?
怒鳴りつつも、考えてみると、新しい発見があると思います。
私は、学校で、たくさんの子どもたちと過ごし、お母さん方と向き合い、最近は広報として、入学を考えてくださる方や、いろいろな業者の方、他の私立小学校の先生方と接して来ました。
いやぁ、いろいろな「普通」、「当たり前」があって、今では楽しくて仕方ありません。
逆に、私の「普通」、「当たり前」が誰かの目には、相当、おかしいものと映ったとも思います。誰か、どころか、ほとんどの人、でしょうか…
ぜひ、吉祥寺にいらしたら、みんみんで餃子を食べてみることをオススメします。
そうすれば、
「あ…これが青木のお気に入りの味か…その当たり前の感覚だけは、理解できるな…」
と、思っていただけるのではないかと思います。
(もちろん、違う評価の方がいるのも、当たり前です)
そして、食べた後には、お子さんとの「普通」、「当たり前」のズレについて、考えてみると、何かが変わる!
かもしれません。
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2017年

1月

11日

深イイ話で、お子さんの心に灯をつける秘訣とは…

深イイ話をお子さんにするヒント…

短く、
明るく、
横に座って。


昨日が始業式だったという学校が多いと思います。
私も担任していた頃、このスタートの第一声は、どんなものにしようか、アレコレ考えたものです。

で、考え過ぎて、結局、何が言いたかったんだ…!?
子どもに気を遣わせて30分が過ぎた、ということもありました。

この新しい学期を少しでもイイものにしたい。
この新しい一年で少しでも成長してほしい。

まぁ、それはいいでしょう。
が、肩に力が入ると、聞いている方にプレッシャーがかかり、なんだかしっくりいかないのです。

深イイ話で、子どもの心を打ち、関心をひいて、行動につなげたい!

とまで、意識せずに、シンプルに行きたいものです。
話は、

短くて
明るい

ものがいいですね。

そして、意外なヒントとしては、横に座って、ということです。

家庭で会話する時は、自然とそうなっていることも多いと思いますが、お母さんは先生ではありません。リビングを教室にして、親子の会話をホームルームや朝礼にしてはいけません。

私はお母さん方との個人面談も、子どもと話し合うときも、基本的には向かい合うのではなく、斜め横か、真横に座ります。

どうしても、正対すると、緊張感が高まります。
対立的になりやすくなります。

そして、座ることです。
やはり、目線の高さを揃えることは大切です。

それに、座るということは、体勢が安定します。
立っていると、すぐに他のことをしたり、他の場所に行きやすいのです。

座る、という安定した姿勢になることで、場も落ち着きます。

イタリアのバールでは、立ち飲みの方が安いことが多いです。サービスの手間もなく、席料が入っていません。

でも、奥に進んで座る、あるいはテラスで座ったなら、じっくり物思いにふけるのもよし、語り合うのもよしです。値段が高いのは当然です。

まぁ、イタリアのバールと一言で言っても、システムはいろいろで、私もドギマギしてバールで過ごしたことがありますが、まぁ、それはいいですね。

座るということは、結構、重要なメッセージになります。

子どもの心に灯をつける話…
子どもの心を癒す話…

力まず、自然体であることが大切なようです。
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2017年

1月

12日

どうも、しつこい子はトラブルになりやすい。では、どうするか。私なりのメッセージ。

友達とうまくやっていくのに、一番効果的なのは、拒否されることを認めること。


子ども達と過ごしてきて思うのは、トラブルになりやすい子は、しつこいということです。

やめてよ、と言われて、うん、とやめることはありません。

逆に、し続けます。

せめて、三回、やめてよと言われたら、やめなくてはいけませんね。

ところが、それができないから、友達ともめます。

そういう子どもを見ていて、思ったのは…

怒られることもある。
嫌だと言われることもある。
断られることもある。

そんな、当たり前のことが受け入れられないんだな…ということです。

周囲から見れば、それはワガママ、自分勝手ですが、本人にしてみれば、自分への攻撃に思えてしまうのですね。

あるいは、そんな自分は恥ずかしい、ダメだという感覚かもしれません。

怒られたり、嫌だと言われたり、断られたりしたら、ネガティヴな気持ちになります。

それが受け入れられない。
逆にいうと、それだけ、自分をわかってほしい、受け入れてほしいわけです。

そして、スゴイと言ってほしいので、どうしても言葉や態度が、自慢気であったり、他人を貶めるようであったりもします。

そういうことに、子どもは敏感なので、トラブルになるのです。

ということは、お子さんがネガティヴな気持ちになっている時、それを認めることが大切です。

家庭と違い、学校のような子どもの集団の場では、どんなに準備をしたって、ご機嫌取りを教えたって、否定されたり、バカにされたり、無視されたり(意図的な否かは別として)することもあるのです。

ということは、そこで、悲しい気持ちになるのは当然です。

私自身、今だって、否定されて、批判されて、悲しくなっているのです。

でも…

「そんなもの」

なのです!

もちろん、嫌です。
けど、仕方ない。

最近も、しつこく友達に絡んでは、嫌がられ、すると、余計に絡んでトラブルを大きくしている子と話しました。

「やめてと言われたら、やめなよ」
と言いましたが、それでやめるなら、トラブルになんて、なりません。

そのうち、別の大人に叱られて、
「や〜だよ〜」
と言っていました。

そこで、私は言いました。
「友達に嫌がられたり、先生に叱られたりしたら、嫌な気持ちになるでしょ。それは当然だよね。私だってそうなんだから。まず、ムカッときた言葉を何とか、ゴックンしてごらん」

すると、その子は、
「どうやってゴックンするの?」
と言いました。

「そりゃ、ゴックンだよ」
と、ハデにノドを鳴らして飲むマネをしました。

もちろん、そんな会話で、その子のしつこさが無くなる訳がありません。

が、単なる否定や指導よりは、コミュニケーションにはなりました。

これを積み重ねることが大切です。
手間がかかりますね。
しかも、相手がいることですから、時にはケンカにものります…

拒否られて、ディスられて、シカトされて…
それでも、その子には存在価値があるのです。
生きてりゃ、それは、否定されたり、批判されたり、気づかれない時があったりして、当然ですよね。
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2017年

1月

13日

お母さんが笑っていること以上に、子育てで大切(大変!?)なことはない。

お母さんが笑っていること以上に、子育てで大切なことはない。

もちろん、時には、怒ったり、怒鳴ったりするのですが…


テレビをつけると、若者の貧困について、特集していました。

そこで、ある若手女優の貧困経験について、インタビューを見たのですが、彼女は、明るく、ニコニコと雑草を摘んで食べていた話をしていました。

決して明るくない話題のはずなのに、その屈託のない笑顔のおかげで、重々しい空気にならずにすんでいました。

そんな彼女が溢れる涙を見せたのは、唯一、お母さんについての話をしていた時でした。

どんなにひどい貧しさで、みんなと違う自分を感じても、お母さんは常に明るかった、いつも笑顔だった、弱音を吐かなかった、貧しくてゴメンねと言わなかった、と言って目頭を押さえていました。

もちろん、生身の人間ですから、彼女のお母さんも自暴自棄な気持ちになったことだってあったかもしれません。誰かに、辛さを語っていたかもしれません。

それにしても、お母さんの笑顔のパワーを再認識しました。

何より、貧しくてゴメンね、とお母さんが言わなかった(少なくとも、彼女はそう思っている)ことが、私はスゴイなと思います。

私自身、ちょっとでも自信がなかったり、失敗したりしてしまったら、つい、あ…ゴメンね〜とか、いやぁ、できないんだよ〜などと、言い訳がましくなってしまいます。

責任を感じて、素直にそれを表現する、大人だって、キチンと子どもに謝る、というと聞こえはいいですが、この場合、謝る言葉の奥には、ダメな自分を恥じる気持ちがありそうです。つまり、本当は謝罪ではなく、卑下です。

テレビなり、本なり、一般に出されている事例は一部のものですし、貧困にもいろいろなケースがあるのは、わかっているつもりです。

また、今日の記事は、貧困そのものについてのものではありません。

雑草を摘んで食べるほどの貧困の中でも、お母さんの笑顔、安定は子どもの支えになるんだなぁということがテーマです。

そして、おそらく、そのことはお母さんなら、きっとわかっていると思います。

ところが、多くの方は、もちろん私も、そんなに心が図太くはありません。

常に笑顔で、などということは、お母さんにとって、大変なプレッシャーではないでしょうか?

わかっていても、やめようといくら決めても、怒鳴ってみたり、自己嫌悪に陥ってみたり、いろいろです。

今日こそは怒るまい、何があってもニコニコしていよう、と決めたのに、午後、学校から電話がかかってきて、ケンカの顛末を聞き、反射的にガツンと言ってしまっても、悲しむ必要はありません。

24時間365日、常に明るくを目指す必要なんてなく、お母さん自身が笑顔でいられるためにはどうすればいいか、ということを思い出した時に意識するだけでいいのです。

そのちょっとした積み重ねが、笑顔の時間を増やし、子どものやる気を起こすことにつながっています。

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2017年

1月

14日

お子さんにコレをさせたい、与えたいのに、なかなか上手くいかないなら、これを考えてみてほしい。例えばコミュニケーション下手を解決するためには、何を考えればいいか…

子さんに、こうなって欲しい、これを与えたいと思うのに、なかなかうまくいかないことって、実は叶ったら怖いことなのかもしれません。

まさか!
本当に欲しいものを手に入れて、したいことをするって、怖いことだったんだ…

だとしたら、こうなっていい、これを手に入れていいと自分で認めることが第一歩。


先日、職場の同僚と食事に行き、おしゃべりをしていました。

そこで親しい友達はどんな人か、という話になり、ハタと気付いたことがあります。

私って、誰かと仲良くしたいと心から思っているのに、仲良くなるのが怖かったんだ!

ということです。

私は、人付き合いが上手な方ではありません。
話を聞くのは好きですし、自分の話もしたいのですが、心を開いて、色々な人とオープンに関わるというのには、どうも苦手意識があります。

この話をすると、多くの人は、まさか、とおっしゃいます。

誰とでもコミュニケーションできそうだよね、と言われることが多い私ですが、演技、という程ではありませんが、相手に合わせ過ぎてしまうところもあります。

何より、自分の感覚として、人付き合いはうまくないなぁ、と思っているのです。

だから、誰かと親しくなりたい、濃い関係を築きたい、といつも考えていて、すると、人と親しくなれるチャンスもやってきます。

ところが、そうなると、どうも居心地が悪いのです。

あんなに、人付き合いを上手くしたい、濃い信頼関係を築きたい、と思っていたのに、なんとなく距離を取りたくなってしまいます。

要は、怖いんですね。
親しくなり、関係が深まるのが怖い。
人付き合いの面倒を背負いたくない…
いや、自分のダメさ加減を知られて、嫌われるのが怖い…

関係を築きたいのですから、素晴らしいチャンスなのに、もったいないことです。

人付き合いにかぎりません。
こうしたい、こうさせたい、これが欲しい、ここに行きたい…

叶ってしまったら怖いのです。

こんなステキな場所に行ったら、浮いている自分が他の人にバレてしまうんじゃないか…

お金持ちになったら、何かの拍子に貧乏に転落し、バカにされるんじゃないか…

こんな高級車を買ったら、みんなに妬まれるんじゃないか…

などなど、叶った後のことを考えて怖がっているのですから、まったく滑稽な話です。

が、クラスで子どもと過ごしていると、先回り、先回りで心配ばかりして、自分の気持ちが重くなったり、トラブルをあえて起こしたりしているように私には思えることが、よくあります。

もう、浮いているのがバレたっていいし、バカにされたっていいし、妬まれたっていいですね。

欲しいものを手に入れ、したいことをし、行きたいところに行く権利と価値が、自分にはあると、自分で認めることがスタートです。

慣れてしまえば、そんなこと、意識もせずにできるようになっている、つまり、イライラや不安は、ずいぶん減っているわけです。
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2017年

1月

15日

お子さんのことで、何か焦っていることがあるなら、とりあえず、手を打ってみますか…

流れに乗る、楽な流れに乗るのは、サボりではない。

お子さんのことで、何か焦ってしまうことがあるなら、手を打ってみよう。

もし、タイミングに合っていなければ、流れがガタガタ、ギシギシするので、そこでまた、考えよう。


昨日、所用があり、新宿に出かけました。
そして、寄らなければいいのに、結局、伊勢丹に寄ってしまったのはご愛嬌ですが、その結果、三鷹駅に母を迎えに行く約束の時間に遅れそうになってしまいました。

伊勢丹を出たのが、夜の8時…
パークシティまで歩いて5分。
精算して、出口を出るまで5分。
明治通りを右折して、靖国通りに出た時点で、8時10分です。

母とは、8時半ぐらいに三鷹駅で、という話になっていました。

まぁ、ムリです。
けれど、やっぱり、待たせたくないですよね。
後でブツブツ文句を言われたくない、というのもありますが、自分として、なるべくなら遅れたくないのです。
(伊勢丹に寄ったから、というのも、罪悪感を増幅させていますね…)

当然、気持ちは焦ってきます。
入ってこようとする車があればイライラし、突然、前の車が右折しようとするのでイライラし…

ところが、流れは本当にスムーズで、遅れるにせよ、大したことはないな、というところまで来て、井の頭通りを西に向かっていました。

すると、環八井の頭の交差点から、私の前に一台のパトカーが走るようになりました。

それが、本当に遅い…
40キロ制限の道を35キロで、淡々と走っていきます。

高井戸警察署でいなくなるかな、と思いましたが、アッサリ通過…

おいおい!
いい感じで来てるのに、ここに来て、それはないよ〜

と思いましたが、サラリと抜いて行く勇気もなく、パトカーについて行きました。

結局、ほとんど吉祥寺までパトカーの後ろを35キロで走って来て、マルイの前を通過したのが、8時半過ぎでした。

あんなトロトロの車についていたのに!

昨日は、本当に流れがよく、あんなに遅かったパトカーを抜いて行く車も、ほとんどなかったのです。環八から吉祥寺のすぐ近くまでです!

結局、その後も順調で、8時40分には三鷹駅に着くことができました。
(ブツブツ言われることもありませんでした)

焦るのは当然ですが、楽な流れに乗っていることの方が、かえって早く、うまくいくことも多いようです。

今、お子さんのことで、何か焦っていることはありますか?

繰り返しになりますが、焦るのは当然なのです。
・早く準備しておかないと、遅れてしまう…
・早く追いついておかないと、もうわからなくなる…
・今のうちからやっておかないと、恥をかかせる…

そう思ったなら、早いうちに、思うことをやってみればちいと思います。

時期に合っていれば、流れがスムーズで、ムリなく続きます。

が、タイミングにあっていなければ、何かしらのトラブルが出てきます。

もし、そうなったら、何か1つをやめてみましょう。
そうやって、ムリのない流れに乗ることを心がけると、良さそうです。

2017年

1月

16日

急に改善なんてできないかもしれない。まず気づいてもらうことで、ちょっと落ち着ける。

まず、気づいてもらう。
直せなくてもいいし、急に改善したり、変わったりなんてしなくてもいい。

お母さん、お子さんに、本当に気にしていることを伝えていますか?

お母さん、お子さんは、誰に対して、どんなことを不満に思っていますか?

まず、気づいてもらうことが、スタート。


昨日は、私立小学校の広報担当が集まる会があり、有楽町に出かけました。

その時に乗った地下鉄で、カップルの隣に座ったのですが、二人で仲睦まじく眠っていて、彼氏の足がどんどん広がって、私の足を押してくるようになってしまいました。

私が足を引くと、ハッと少しは覚醒したか、今度は足を組み、通路をかなり塞ぐことになりました。

駅に着くたび、迷惑そうに通る人、通る人に見られていた彼ですが、本人も、彼女も全く気づかず、穏やかな眠りを満喫し、銀座駅で、さらにベタベタと降りていきました。

こういう時に、イラっとくるのは、
「あなたが、迷惑かけているのに気づいてないよね?」
という気持ちがあるからだと思うのです。

他人の足が自分に当たるのは、確かに気持ちのいいものではありませんが、満員電車で足を踏まれ、痛い思いをしても、
「あ!すみません!」
とすぐに言われれば、許せる気持ちになることを思えば、キーになっているのは、

「気づいているか、否か」

です。

そういえば、先日、スタバで並んでいると、キャーキャー言いながら、若い女性が3人入ってきて、そのまま私とその前の人を無視して、レジに並び、しかも、一人一人バラバラに注文していたことがありました。

これも、結構、イラっとしました。
了見の狭い私で、お恥ずかしいですが、この時、杖をついたおばあちゃんが、やっとのことでスタバにたどり着いた雰囲気で、
「すみませんね〜」
と言われれば、気持ちよく譲ったとも思います。

おばあちゃんでなくても、割り込んだことに気づいて、
「あっ!すみません!」
とだけ、言ってもらえれば、イライラもしなかったかもしれません。

あんまり、私のイライラ経験ばかり書くと、結局、私の幅の狭さを世に知らしめるだけになるので、こんなところにしておきますが、まずは、

「知ってもらいたい」

ということが大事だと思うのです。

あなたの足が、私に当たったことは許すし、
伸ばした足が人に当たっていたことも許すし、
私の前に割り込んだことも許します。

私の気持ちを、知ってさえくれれば…

ということで、お子さんに対しても、また、お子さんの気持ちを鎮める時も、気持ちを相手に知ってもらう、ということがスタートなのです。

お母さんとしては、お子さんにまず、本音を伝える、ということが大事です。

いつも、言えているならいいのです。
が、意外と我慢して、伝えないでイライラしているという方もいらっしゃると思います。

また、お子さんが何か困っていたら、特に対人関係なら、相手や先生に、伝えてみよう、ということがスタートです。

でもさ、いくら言っても変わらないんだもん!

確かにそうかもしれません。
それでも、本音を伝えることは、次のステージに進むために、どうしても避けられないのです。

いくら相手に伝えても気持ちがスッキリしないなら、本音を言えていないか、本当にイライラしている相手は別人かもしれない、ということを考えてみると、事態が変わることがあります。

本音を伝える…
言葉にすれば、簡単なことですが、実際には、けっこう心のハードルの高いことです。

頭の片隅に置いてもらえると嬉しいです。
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2017年

1月

17日

ツンデレ(もしかして死語?)の魅力は、ツンツンであること。ツンだから、デレが光る。

素直にできるには、どうすればいいか…

素直にできないことは、損で、人をイライラさせるけど、実は、それがチャーミングなところ!



「もう、素直じゃないなぁ〜!」
と、お子さんに思わず言ってしまったことのある方は、多いと思います。

「だから言ったでしょ!素直に言うことを聞いといてくれれば、こんなことにならなかったのに!」
と、さらにかぶせたことのある方もいらっしゃるのではないでしょうか?

私も、教室で、何度言ってしまったか、わかりません。
言わないまでも、そう思ってしまったことは、数え切れないほどあったと思います。

じゃあ、どうすれば素直になれるのでしょうか…

そう考えた時、何しろ、私が一番、素直じゃないことに気づきました。

何か言われると、あえて逆をしたくなる、自分流を変えたくなくなる、わざと失敗するなど、どうも、素直にできません。

その心理を深掘りしていくと、どうも底には、自分への自信のなさがあるようです。

「言われなくても、私はできる」
「言われなくても、自分流の方がいい」
「言われなくても、わかってる」

思えば、そんなに肩肘はらなくてもいいのです。
なのに、意地になるのは、心に余裕がないからです。

うーむ…
ならば、どうすればいいか…

「そんな意地っ張りなところがステキね」
と、言われたらどうでしょう?

え…
そうなの?

まるっきりひっくり返すのが一つのヒントです。

私が3年生の担任をしていた時、何かと言うと素直に受け取らない子がいました。

何か教えると、貝になるか、わざと(に見える)、間違えるのです。

ちょっとイラっとしてきたところで、一発、こう言いました。

「そういうところが、カワイイね〜」

本当に、ビックリした顔をしていました。

その後も、おそらく、急には素直にならなかったと思います。

が、少なくとも、私自身が気にならなくなりました。
そのことで、コミュニケーションも良くなり、自然な時間が流れるようになりました。

素直になれないところがカワイイ!

そういうことで、簡単にひっくり返ってしまうこともあるようです。

少なくとも、自分の心は…
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2017年

1月

18日

お母さんだけは信じて待ってほしい。時間だけが解決できることも多いから。

時間が経つと、解決していることもある。

あの頃、あんなに嫌だったのに、今では気にならない。むしろ、懐かしい。

誰のせいでもなく、時間だけが必要ということもある。


写真は学習院大学の西門です。
昨日の午前中に撮りました。

昨日、目白に用があり、出かけたところ、思いのほか早く終わったので、ちょっと寄ってみました。

二十数年前、この門を通って大学に通っていました。
まだ目白駅も建て替える前で、改札を出て左側には立ち食い蕎麦屋があり、天ぷらだけは、その場で揚げていたので、とてもおいしく、いつも天ぷら蕎麦を食べていました。

そんな思い出を書いていたら、キリがないのですが、少なくとも、私にとって大学時代は、そんなに思い出したくもない、ちょっと暗い(?)時代です。

それは、私には大学というものが、まだ大きすぎたのだと思います。

学習院は、総合大学の中では、アットホームな方ですが、それでも私には大きすぎたのでしょう。

結局、何をした訳でもなく、友人と騒ぎ、部活をやり、適当に(!)単位を取り、気づいたら社会人になっていました。

特に私が通っていた時代の政治学科は自由で、必修は英語と一年生の基礎演習のみ。

キャンパスの広さ云々、友人関係の良し悪しではなく、とりとめもなく四年間が過ぎた焦りみたいな気持ちかもしれません。

そんな訳で、少なくとも私の感覚としては、あまり戻りたくない場でもあった大学に、昨日は自然と行く流れになっていたのです。


西門の写真を撮り、二十数年前と同じく、体育館の前を通って、武道場やグラウンドの横を通って、西五号館(当時はピカピカだった)前の広場に着くと、バカみたい何時間も、ベンチに座って、友達と話していたことを思い出しました。

10分ほど、馴染みのあったエリアを歩いてから、早々に大学を出て、勤務先に向かっていると、何だか、いろいろなことが気にならなくなっていました。

自然とわだかまりが消えていた、という感覚です。

言葉でアレコレ、人を励ましたり、癒したりしようとしても、本人がクリアする段階にないと、単なる正論です。

いくら焦っても、本人の状態が整わない限りはダメなのです。

結局、時間だけが解決できることも多い…
お母さんとしては、困っているお子さんを前に、解決してあげられないもどかしさに苦しいときがあるかもしれません。

それは、むしろ必要なことなのかもしれません。
お母さんのやり方、話し方、関わり方がマズイという訳でもないのです。
お母さんだけは、時が来るのを信じて待っていただきたいな、と思います。
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2017年

1月

19日

「お母さんに言われたから、やる気がなくなった」と言われた時、その甘えぶりをどうとらえればいいか…

気になること、イライラしてしまうことには、裏がある。

友達とすぐにトラブルになる…
また忘れ物をした…
やっぱり、宿題をやらない…

注意をすれば、
「お母さんに言われたから、やる気がなくなった!」
と言い放つ…

気になるし、イライラするのは当たり前。
時には怒鳴ってしまうのも、あり得ること。

でも、その裏には、光るものがあるかもしれません。


先日、とある男の子が、私に椅子を持ってきてくれました。

彼は、何かと言うと、ちょっとイヤなことを人に言ってしまうところがあり、友達同士のトラブルになることがありました。

私が見ていても、
「そりゃ、友達も怒るわな〜」
と、思わざるを得ない、というのがホンネでした。

友達の方から見れば、ちょっかいを出されているのです。

そして、それに文句を言うと、イヤな言葉が返ってくるので、文句の連鎖になってしまうのです。

でも、彼にしてみると、一緒に遊びたかったり、僕のことを見て〜ということだったりするのです。

ですから、相手から反発があると、とても自分を拒否されたような気になってしまうのでしょう。

上に書いたように、彼はとても優しくて、よく気がきくのですね。

私が机に近づき、ええと、椅子は…と目を動かしているのに気づいて、スッと持ってきてくれるのです。なかなかの観察力です。

今の時点で、友達とトラブルになるのは、仕方がないと私は思います。

が、いずれ、視野が広がった時には、根っこにある優しさや気のきくところが、友達との関係を作ることになると、私は感じます。

あ…
なるほど…
そうかもしれませんね。
でも、ウチの子は、全く宿題をやろうとしないんです。裏も表もないと思いませんか?

なかなか鋭い指摘です。
宿題をやらない、やるべきことをやらないことの裏には、どんな光が隠れているのでしょうか?

私なりに一例を挙げてみます。
ある女の子は、翌日の準備をするのが大嫌い。
いつも、
「やる、やる。わかってる」
「もう、やろうと思ってたのに、お母さんに言われて、やる気がなくなった!」
と、言い訳の女王だったそうです。

私が感じていた彼女の魅力は、おおらかなところでした。

女の子には珍しく(?)、細かいことには、あまりこだわらない彼女。女の子同士のめんどくささが大嫌いで、いつも元気に駆け回り、モテていたかどうかは知りませんが、友達づきあいの上手な子でした。

少々の忘れ物ぐらい、どうってことない!

私は、それでいいのではないかと思います。
広い目で見たときの彼女の魅力を考えれば、時には忘れ物もしますが、大したことではないと思うのです。

生活習慣や勉強など、いわば、ルーティンをキチンとこなせないことは、確かに課題ではあると思いますが、そこにばかり目を向けていると、広い目で見た時に気づける裏の光をつぷしてしまうことにもなります。

時には、周りの大人が頑張って、見ないフリ、気づかない練習が必要かもしれません。

2017年

1月

20日

ホンネをぶつけられず、しょげている我が子への関わり方とは…

異議アリ!
そう叫べなくて、不甲斐ない時はどう関わればいいか。

お母さんとしては、ホンネをハッキリ言えない我が子に歯がゆく思うこともあるかもしれません。

が、そこはグッとこらえて、
どういう気持ちだったか
・どうしたかったのか
を聞き出してみてください。

その積み重ねが、言える子を育てます。


ホンネを伝えることは、本当に大切です。
相手の耳に痛いことでも、ここぞという時に、キチンと伝える心の強さは、本当に尊敬します。

が、なかなか、それができない…
できる人には、何の苦もないことですが、言えない人にとって言えないことで、自己嫌悪に陥るタネにもなるでしょう。何より、私自身がそうなのですから…

え?
それはないなぁ…

と、友達に対して思うことは、たくさんあるでしょうが、多くの場合、大したことはなく、忘れてしまうものでしょうが、本人にとっては一大事!忘れられない!ということもあります。

そんな時、少なくとも、その気持ちを相手に伝えることで、怒りや悲しみに一区切りつけることはできるでしょう。

が、言えないことで、また怒りや悲しみが増幅します。

そんな時に、お母さんから、
「なんで、ハッキリ言わないの!弱いわね〜」
「オトコでしょ。ハッキリ言いなさい!」
と、言われてしまうと、またさらに自己嫌悪の度合いを深めてしまいます。

そうも言いたくなるでしょうが、ここは、グッとこらえて…

「どうしたの?」

この五文字+?で話してみましょう。

聞いて、聞いて、お子さんの気持ちを十分に聞き出して、それから、

「どうしたかったの?」

と聞くと、次はこうしたい、という気持ちに向けることが可能です。

そして、

「次も、また話してね」

と、サポートが続くことを伝えて励ましたいものです。

これは甘やかしではありません。
お子さんが、
「よし、大丈夫。やってみよう」
と、思い、何かしらの行動を一つ、どんなに小さくても一つできるための、戦略的な準備なのです。

そうです。
リップサービスでいいのです。

「異議アリ!」
二時間ドラマの法廷シーンよろしく、私も職員会議で叫んでみたい…

できるかなぁ…

まぁ、できないでしょうね。

確かに、それができない私を、私自身が、歯がゆく思いますが、そうは言っても、いろいろな方法で、ホンネを伝えることはできます。

どうであれ、私はダメだ…
という方向に心を強めず、できることに目を向けて行きたいですね。

2017年

1月

21日

お母さん!数をこなすことは、けっこう大事です。安心して、たくさんやらせてください。

行き詰まったら、数をこなす。

量より質?
質より量?

もちろん、ケースバイケースだが、数をこなすことには、大いに価値がある。

どうもうまくいかない時は、数をこなす。
(もちろん、できるレベルのことを…)



どうも、この子、算数の力が伸びなくて…
漢字が苦手で…
読解ができないんじゃないかと…

このような不安を持たれることは、多いと思います。
あるいは、勉強面はさておき、人間関係面や生活面で、どうも行き詰まっている、と感じることもあるかもしれません。

そんな時に、どうするか…

数をこなすということが、一つのヒントになります。

よくお母さん方から、オススメの問題集や参考書について聞かれることがあります。

私も本屋さんに通い、長い時間、立ち読みしたり、実際に買ってやってみたりしたのですが、ある程度、長く売られているレベルのものなら、大差ないのです。

もちろん、それぞれの強調するポイントは違います。
ですから、実際に本屋さんで手にとってみて、コレがいいな、とお子さんが言ったら、それでいいのです。

むしろ、大事なことは、お子さんのレベルに合っているかです。

できもしないことにトライさせすぎるのは、続かないので、逆効果です。

特に、全然、勉強しない!というタイプの子の場合、できるレベルのものをさせることが大切です。

そして、数をこなすことが大切です。
習うより慣れろ、という言葉は、ある部分での真理だと私は思います。

このブログもそうです。
毎日更新を始めて、もうすぐ2年…

いい記事を書くには…
アクセス数を集めるには、いいねをたくさんもらうには…

つまり、質の高い記事を書くにはどうするか、なんて考えていた2年前、私の発信するものは、圧倒的に少なかったのです。

もう、やりながら覚えるしかないのです。
書いて、書いて、書いて、自分なりのものを磨いていくしかない。

今となっては、出勤前、退勤後、風呂上がりのわずかな時間で、書くことそのものは、できるようになっています。

そりゃ、毎回、毎回、アクセス数が伸びるわけではありません。

時間をかけて丹念に書いた記事より、疲れていて、サラリと書いた記事の方がたくさんみてもらえて、コメントもいただけることがたくさんあります。

やはり、やるしかない。

さて、お子さんの話に戻します。

上にも書きましたが、数をこなさせる場合、できるレベルのことであるのが前提です。レベルの高すぎるものは、絶対にダメです。

簡単すぎるものの方が、よほど、効果があります。

数をこなすことは、いわば、アタマの中の構造を、それに慣れさせるためにするのです。

私なら、文章を書く構造、自分の心の中を探る構造、出てきたものを文章にする構造、です。

数をこなさせるためには、お母さんが、お子さんの取り組みを見守る必要もあるでしょう。確かに大変です。

ですから、お母さんがしやすい仕組みにしましょう。
お母さんの都合のいい時間にさせましょう。
お母さんの都合のいい内容にしましょう。

お母さんの都合を最優先すると、続けやすいです。
子どものため、という錦の御旗を掲げない方が続きます。

気づくと、お母さんなんていなくても、できるようになっています。

むしろ、
「私なしでもできちゃうなんて、寂しい…」
ということが、心のハードルかもしれません。

今、何か行き詰まっていることがあるなら、数をこなさせることを試してみてください。
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2017年

1月

22日

お子さんに何かを言うと、すぐ「嫌だ!」と言うのを何とかしたいなら、こうしてみてください。

もっと積極的になってほしい!

何か言うと、すぐ「嫌だ」と言うのを何とかしたい!

 

ならば、お子さんのココロに目を向けてほしい。

ポイントは、恥の意識。

 

できないこと、失敗したことを大いに認めてあげることが大切。

 

 

「逃げるは恥だが〜」

というドラマが人気だったそうです。

私は、内容を知らず、なんとも言えませんが、

「恥」

というキーワードには、引っかかりを感じました。

 

あ、それは、ドラマの内容がどうの、ということではなく、「恥」というワードが子どもの心の中で、どう機能しているかが、重要だと私は感じているからです。

 

例えば、わからないことがあったら、先生に聞いてほしい、とお母さん方は当然、思っています。

 

しかし、子どもによっては、手を挙げたり、先生のところに行ったりするのが、本当に恥ずかしくてたまらない、ということもあります。

 

「もう、先生の方が気をきかせて,先に声をかけてくれたらいいのに!」

と、教師を責める声も多い反面、心の奥では、

 

「もうちょっと、自分から行動を起こしてほしい‥」

と、お子さんに対してイラっとしていることも多いと感じます。

まあ、両方ですよね。

 

とはいえ、

「まあ、照れ屋さんなのも、カワイイじゃない?」

と、軽く流せるレベルならいいのですが、恥の意識が自分を責めることになっていると、配慮が必要です。

 

ネットで、恥の意識について調べてみると、心理学上の実験や調査、色々な人たちの論評が見つかりました。

 

その中で、

「恥の意識の変化、希薄化が、問題行動の歯止めにならなくなっている」

という方向性のものをいくつか見かけました。

 

確かに、それは重要な点だと思います。

電車やバスの中で、お化粧することをどう思うか、それを交通機関が止めるようなアピールをしていいかどうか、日本人にとって、恥の意識は、とても重要な要素だと思います。

 

が、今日、私が書いている「恥」は、他者との比較の結果、自分の劣等性を責めていることの課題、という切り口です。

 

失敗したり、間違ったりした時、

「うわっ!恥ずかしい!」

と思ってしまうのは、当然ではありますが、失敗も、間違いも一度もせずに、生きていくことなど、全くあり得ないし、ない方がいいですよね。

 

でも、お子さんは、お母さんのちょっとした表情の変化、先生の残念そうな顔、友達の笑い声などを過敏に感じ取って(実は、全く関係のない変化であったとしても…)、

 

「やっぱり、私はダメなんだ」

 

と考えることが多くあります。

 

もちろん、それはそれで当然のことなのですが、その心のメカニズムが反復化すると、何でもかんでも、やっぱり自分はダメだと思う、自分からは何もしない方がいいと決めつける、何か提案されると、まず嫌だと言う、そんな言動も反復化します。

 

ですから、ちょとした失敗、間違いこそ、明るく、おおらかに受け止める大人が大切なのです。

 

そんな大人が、一人でもいてくれるだけで、お子さんはプレッシャーから解放されるのです。

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2017年

1月

23日

お子さんの頑なさに、ちょっと手を焼いているなら、こう考えてみませんか?

逆を意識する大切さ。

遅れることもある。
間に合うこともある。

決めつけない。


実は、今日、遅刻してしまいました。
ご存知の方もいらっしゃるでしょうが、中央線はダイヤが乱れていることも多いです。

私が学校に行く時間は、朝のラッシュを終えて、東京方面から続々と電車が下ってくる時間なので、ほとんど毎日、5分から10分ぐらい遅れています。

ということで、いつものように出かけところ、いつもなら乗れる電車は先に行ってしまい、その後の電車まで間隔が空いていたらしく、もう吉祥寺に中央線が着く前から遅れるな、とわかりました。

社会人としては、そんなことも、見越してあと5分早く出なさい!というお説教ではありません。

遅れることもある、と私は思います。
遅刻の開き直りか、と言われても仕方ないのですが、遅れることもあるし、失敗することもある。

もちろん、時間には間に合った方がいいし、一回の遅刻が原因で信頼を失うことだってあるでしょう。

でも、そういうことで信頼ができないなら、どうせ遠からず関係は崩れるでしょう。

誰でも遅れることはあるし、間違うこともある。
逆にムリだと思っていたことが、実はできることもある。

決めつけないことが大切です。
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2017年

1月

24日

見ることの大切さ…見てもらえることで、安心できる。納得もできる。


見てもらえることの幸せ。

なかなか思い通りにならないこともある。
ガマンしなくちゃならないこともある。

けど、それを見ていてくれれば、安心できるし、納得もできる。


日曜日、無性にそばを食べたくなり、吉祥寺の街に出かけました。

ところが、お目当のお店は長蛇の列。
気分を切り替えて、翠蘭というお店に行きました。

そばのはずが、中華…
確かに、真逆というような転向ぶりですが、翠蘭のそばは、上品でたまに、食べたくなります。
(ちなみに、写真は、黄ニラと鶏肉の焼きそばです。上品なのは、つゆそばで、あんかけ部分が別に器に入って出てきます。写真がなくてスミマセン…)

ちょっと高級店でもあり、夜よりは昼の方が入りやすいですし…

さて、その翠蘭も、やはり混んでいました。
数人待っている状態。
椅子がいっぱいだったので外で立っていると、すぐに先客が案内され、中に入ろうかと思ったところに、杖をついたご老人と息子さんらしき親子連れが登場。

これは、席を譲ろう、と私たちは立っていました。

ほどなく席も空いたようです。
すると、その場にはいなかった店員さんが現れて、

「お客さま、先にいらしてましたよね。どうぞ」

と案内してくれたのでした。

本当にびっくりしました。
どこで見ていたのか、よく見ていたなと思います。

先に案内してもらえたことは、もちろん嬉しかったのですが、見ていてくれた、ということだけで、満足できるのです。

先着順が当たり前とはいえ、時にはいろいろな事情があります。

クラスでも、こうするのが当たり前だよね、という時にガマンしてもらうことで、スムーズにいくということもあり得ます。

そんな時に、ただガマンさせるのではなく、見ていたよ、ありがとう、ということを伝えられると、かえって満足度が高まるようです。
子どもにとって、見ていてもらえるというのは、大いに安心材料になります。納得もできます。

横に座るのが難しい時でも、目の中、端っこでも、お子さんの姿をとらえているというのは、大事なことです。

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2017年

1月

25日

人生で必要なことは、桃太郎が教えてくれた。いや、桃太郎のおばあちゃんが教えてくれた。


受け取ることの大切さ


何年か前のクラスで、桃太郎を読み聞かせしたことがあります。

桃太郎…
みんな、もちろん知っています。

え〜
知ってるよ〜

と文句を言いながらも、無視して読んでいくと、わかっているのに、ついつい聞き入ってしまうのです。

さて、子どもにとって繰り返しの大切さは、また別の機会に書くとして、桃太郎を読んだ後、みんなで話したことがあります。

それは、目の前に大きな桃が流れてきたら、それを拾う自信があるかどうか、です。

私の勤める学校の近くには野川公園という素晴らしい公園があり、そこに毎週出かけているのですが、その公園には、名前の通り、野川という細い川が流れています。

もしこの川に大きな桃が流れてきたら、ちょっと足を濡らす覚悟さえすれば、取ることは可能です。

でも、手を出すでしょうか…

それに、お母さん!
お子さんが、訳のわからない大きな桃を持って帰ってきたら、捨ててきなさい!と叫びませんか?

うわ!
面白い!
何だろう…

と直感しても、実際に手を出す勇気は、なかなかのものです。

さて、ここでいう、大きな桃とは何でしょう?
実際のモノとしての桃が流れてきたら、取らずに流した方がいいでしょう。食中毒になっても困りますし…

でも、比喩としての桃なら、目の前に流れてくることもあるのではないでしょうか?

それは、友達、先生という人であることもあるでしょうし、何かしら、習い事というような「コト」であるかもしれません。

もっと目の前のことで、誰かにかけてもらった言葉かもしれません。

私の伝え方が悪かったのかもしれませんが、私が心から素晴らしさを伝えても、

「ないない!絶対ない!お世辞だよ!」

とまるっきり全否定されることがあります。

気遣いやお世辞に違いないと決めつける前に、言葉の桃を受け取ってみても、困ることはないはずです。

受け取れない…
本当は、受け取りたいのではないかと、私は思います。
でも、受け取らない…

私自身、嬉しくなる言葉をかけられても、

「あの人はこういう下心があって、こう言ったんじゃないか」
「あの人のホンネを見抜けず、踊らされたくない」
などと、ニヒルを気取り、わかってる人を演じてきました。(今でも…)

踊らされている方が幸せなのだと、私は思います。
何しろ、先生の気分がいいと、子どもたちも、結局つられて、気分がよくなるのです。

さて、話を戻します。

お子さんの目の前に、大きな桃が流れてきていることは、常にあります。

ぜひ、それを取ることを見守っていただきたいな、と思います。
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2017年

1月

26日

気持ちは出し切るから、次に冷静な思考ができる。

出るとなったら、出し切る。
とことん。

どんな怒りも、たとえ身勝手なものでも、とりあえず出し切ることで、冷静な思考ができる。


毎日の生活では、嬉しいこともあれば、悲しいこともあります。

腹が立って仕方がないことだってあるし、思い出し笑いしてしまうような時もあるでしょう。

いずれにせよ、感情は出し切ることが重要です。
どんなワガママな怒りも、出てきたなら、とことん出すことが、次のステージに進むために必要なのです。

子どもは、子どもなりに十分、気を遣っています。
こんなに身勝手な怒りは、言いづらい、という気遣いもあるのです。

だとしても、お母さんが、それを受け止めることで、次に進むことができます。

実は私も、先日、ものすごく不安になることがありました。

あ〜
不安になってるなぁ〜
怖いなぁ〜
と思いました。

とことん、不安になることにしました。
怖がっている自分を認めました。

すると、
「大事なことは何だっけ?」
「気にしても、仕方ないことは何だっけ?」
と、冷静な思考ができるようになってきました。

お子さんの不安感や怒りは、安心できる人が受け止めてくれることで、かなり収まります。

揺れた感情がひと段落ついたら、冷静に考えることもできます。

いくら相手が我が子とはいえ、興奮している人と接するのは、心のエネルギーが必要です。

ですから、お子さんの激しい感情を受け止めた後には、お母さんのケアも必要ですね。

美味しいランチか、ケーキか、はたまた買い物か…
それを思い浮かべて(?)、怒りや悲しみを受け止めてほしいな、と思います。
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2017年

1月

27日

え?人よりもデキることが悩み?あり得ない!けど、けっこうあるんです。

好きなこと、得意なことって、恥ずかしい。
人よりできるようになりたい、人より上でいたいのに、そうなるのはイヤ。

じゃあ、どうするか?
好きなことをやっている人に勇気をもらう。


私の勤める学校には、海外から帰国して転入した子も多くいます。

当然、発音のレベルが違います。
私の勤める学校では、それが珍しいことではないのですが、慣れていない環境では、いちいち冷やかされ、イヤな思いをすることもあるそうです。

もちろん、外国語の話にとどまりません。
楽器やスポーツ、勉強…
持ち物や服装、お家そのもの…

何かが人よりも優れているというのは、人よりも優れていたいのに、居心地が悪いこともあるのですね。

では、それをどう克服するか…

克服して、イキイキしている誰かを見つけて、勇気をもらうのが一番のようです。

「あ〜こういう人もいるのか…」
「なら、私も大丈夫だ…」

こう思えると、一つ山を登ることができそうです。

この「誰か」は、身近にいるかもしれませんし、タレントさんやスポーツ選手かもしれません。

何かができて、困っている人、できることが恥ずかしい人って、実はいるのです。

ふざけるな〜!

と言いたくもなるでしょうが、きっと共感してくださる方もいらっしゃるでしょう。

人と違った状態でいるのは、ツライものですね。
でも、同じことを乗り越えた人は必ずいます。
そんな先輩に力をもらうのが、克服のコツです。
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2017年

1月

28日

いつでも、気持ちを新たにすることはできる!

今日は元日。
今日から一年を始めてもいい。
いつから一年を始めてもいい。

今日は旧暦の元日だそうです。

ほぅ!
また一年を始められるなんて、いいなぁと思いました。

そして、今日を元日にできるなら、明日が元日でもいいし、来月が元日でもいいな、と思いました。

実際、4月になると、学年が一つ上がる、進学するなど、まさに元日を迎えるのです。

「よし!今日が元日だ。気持ちを切り替えるチャンス!」

と、いつ決めてもいいのですね。

今の暦でいうなら1月28日、つまり元日からほぼ一カ月が経ち、あの時の意気込みは、どこへ〜という方もいらっしゃるでしょう。

大丈夫です。
今日は元日。
また、新しい一年を始めましょう!

そして、2月中旬になって、
「あれ?こんなはずでは…」
となったら、またその日を心の元日にして、新たに始めましょう!

さて、今日の元日を機に、私は何を目標にしましょうか…

そうですね〜
話を具体的にする、抽象論ばかりでなく、具体論に目を向けるということにします。

あ…
この表現が、また抽象的ですね。

では、こうしましょう。
週に一度は、明日、すぐ使えるヒント、ネタをブログに書くことにします。

お楽しみに。
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2017年

1月

29日

捨てるとスッキリする。言葉も。

捨てるとスッキリする。

言葉は、もっと捨てられる。


写真は、昨年末に所用があり、恵比寿に行った時、アトレで蕎麦を食べた時にもらったサービス券です。

私、この券を捨てました。
期限はまだあります。
2月中旬ぐらいまでだったと思います。

が、恵比寿に行く可能性は、大してありません。
それなのに、もし行くことになったら、ドリンク付くし、いいなぁと、取ってあったのです。

それをアッサリ捨てました。
万が一、行ったとして、しかも蕎麦を食べたくて、なおかつドリンクも付けたかったら、お金を払って付ければいいし、お金を払いたくないな、と思ったなら、出てくるお茶をいただけばいいだけのことです。

ドリンクチケット2枚ですが、捨てたことで、妙にスッキリしました。

2月中旬までにアトレ恵比寿に行く可能性は低いです。が、行って、蕎麦を食べたくなっても、後悔はありません。(たぶん…)

このように、絶対に、今、必要ないのに、キープしておくものには、捨ててもいいものが、相当あるのではないでしょうか?

私は、言葉もそうだと思います。
今、このタイミングで必要な言葉は、実際、どれぐらいあるのでしょうか?

お説教に効果があるとすれば、怒っている人の気迫が伝わることで、子どもが動くだけの話で、ほとんどの場合、語られた言葉は子どもの心には残っていません。

私は、かつてのクラスである女の子に、こう言われたことがあります。

「先生、怒っている時、よくあれだけ言葉が出てくるね〜」

怒っている気迫を褒めてもくれませんし、ましてや怒った内容なんて触れてもいませんでした。

むしろ、そのクラスの別の女の子は、卒業する時、
「先生だけが、私が昼ごはんを食べ終わるのを待っててくれた」
と言ってくれました。

この時、私はお説教していません。
ほとんど、話しかけてもいません。
ただ、一緒にいただけです。

言葉かけのヒントは、いろいろあると思います。
が、第一歩は、いかに言葉の数を減らすか、だと思います。

口数の多さを子どもに驚かれた私だからこそ、説得力がある(?)話です。

2017年

1月

30日

積極さを引き出すのは、本当に小さな一歩を認めること。

やってみることの大切さ。

やれただけで、素晴らしい。

お子さんの積極さを引き出すためには、どんなにちいさなことでも、やってみたことを認める。



「こうしてみよう」
と、声をかけても、岩のようになって、取り組まない子も多くいます。

私自身にも、そういうところがあります。

まず、具体的にどうやっていいのか、わからない…

そこで、ああして、こうして、と手順を教えます。

でも、やらない。

次は、やってみせます。
やるところを実際に見せます。

これで、ちょっとは気が緩みます。

そして、最後に手を取って、一緒にやります。

ここで、気を緩めてはいけません!

少しの間、やっているところを見ていて、やってみたこと、そのものを認める言葉かけが必要です。

しつこくやらないタイプの子は、やってみてできなかったらイヤ、できない自分を見たくない、という繊細な子という見方もしてみると、対応が変わってきます。

「え?ここまでしなくちゃならないの!?」

そう思って当然です。

が、初めだけです。
こういうタイプの子は、安心して、やり方を理解すると、ドンドンできて、手がかからないこともたくさんあります。

「はぁ、なんでこの子は、こんなにやらないんだろう…」

そう思われたなら、何か一つでも、やれたことを認めてみてください。

「よーし!3分間、机に座れた!」

というところからでも、実行できたこと、それ自体が素晴らしいのです。

そして、その時に他の子のことを考えると、子どもは敏感に感じ取って、またやらなくなります。

「もう、なんでこの子はダメなの?他の子はできてるのに…ウチは他よりダメだわ」

比較したくなるのは自然なことですが、これがにじむとお子さんは、「あえて」やらなくなりがちです。

お子さんだけを見て、できたことを認めていただきたいな、と思います。
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2017年

1月

31日

失敗にしょげているお子さんと、どう接すればいいか。

何か失敗してしまって、気にしているなら…

まず、辛さや不甲斐なさを、トコトン受け止める。

そして、それは長い目で見れば、失敗じゃない、という方向に切り替える。


一年生の担任をしていた時、漢字テストで一問間違えただけで、泣いてしまう子がいました。

私のクラスだけ特別なのではなく、同僚からも聞く話です。

確かに一問、間違えた。
失敗ですね。

いろいろな気持ちが混じって、泣いてしまう。
やる気があって、いい!というべきか、ちょっとしたことで、いちいち、泣かれてもなぁ〜という気持ちになるか、どうでしょう…

間違えたり、失敗したりした時に、どんな気持ちがあるのか。

そう考えた時、気にかけておきたいのが、
「期待に応えられなかった自分がイヤ」
ということです。

お母さんにいいところを見せたかった…
友達にデキるところを見せたかった…

もしかしたは、もっと現実的で、

100点取れなかったから、もうアレを買ってもらえない〜

などということもあるでしょう。

どうであれ、自分の期待や予測から外れてしまったことが残念なわけです。

では、どうすればいいか。

まずは、その残念さ加減を、トコトン受け止めることです。

愚痴をグチグチ聞いているのは、イヤなものですが、ますま、それが満たされると、他のことを考えられる余裕も出てきます。

そして、その上で、その失敗は、実は失敗ではなく、次に向けて、こういうメリットがある、という方向に気持ちを切り替えていくことが大切です。

今回の例で言うと、漢字テストで一問、間違えたのは事実。

そのテストという範囲だけでは失敗です。

が、長い目で見れば、失敗とは限りません。

そう前向きになるために、まずは、やってしまったことを、トコトン受け止める必要があるのです。

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