2016年

11月

01日

お母さん!今日もお子さんを脅しませんでしたか?それよりも…

この子は、ここがダメだから、ここを練習させる…

のではなく、

 

この子は、ここがいいから、ここをもっとやろう!

がいい。

 

 

以前、著書を出版した時に、とてもお世話になった編集者の方と、読者像について話している時、こんなことを教えていただきました。

 

「先生、こういう本は本当に子育てに困っていて、虐待や悩みを抱えてしまうような人は読まないんですよ。もっと良くしよう、自分のこだわりをこう伸ばそう、と前向きに思っている人でないと、500円でも本のためにお金を出そう、なんて思ってくれないんです」

 

なるほどな、と思いました。

 

少し話が変わりますが、住宅のリフォーム会社の営業は、ボロボロで、明らかにリフォームが必要な家ではなく、まだまだリフォームなんていらないのでは?というピカピカの家や住んでいる人のこだわりを感じる家を回ると聞いたことがあります。

 

教育でも、リフォームでも、自分なりにこうしたい、ああしたい、こう頑張って来た、ああやって来た、というものがある人だから、さらにあれもしよう、これもしようと思得るのですね。

 

そう考えると、お子さんに何かをさせたい、こういう経験や練習をさせておきたい、と思うなら、ダメ出しを起点にするのではなく、あなたのいいところをもっと伸ばすために、とか、楽しみをもっと増やすために、という方向性の方が良さそうです。

 

これはお子さんを調子に乗せよう、天狗にしよう、という話とは違います。

私の教室での経験上も、子どもの欠点や間違いを指摘して、だからこうしなきゃダメだよ、ということよりも、できてるよ、次はもっとこうするといいね、という励ます方向性の方が、子どもの素直さを引き出すことができると感じます。

 

またしても、話が少し変わりますが、私は元来、虫歯のできにくい体質のようです。

その上、そのことを歯科衛生士さんや歯医者さんから、どこの歯医者さんにかかっても褒められるものですから、すっかりいい気になって、歯磨きは毎晩、毎朝、気持ちよくできるのです。

 

「このままでは、虫歯でボロボロになりますよ」

「あなたの歯では、よほど真剣に手入れしないと、ほとんど歯が残りませんよ」

 

と、正論かもしれないけれど、怖い想像で歯の手入れを要求されていたのでは、その時はやる気になれたとしても、忘れてしまうか、もうどうせいいや、と投げてしまうか、になりやすいのです。

 

お子さんに何かをさせたいなら、いや、子どもに限らず、大人でもですが、脅しや恐怖を煽ることよりも、より良いところを伸ばすために、楽しさを増やすために、と真剣に考えたることをお勧めします。

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2016年

11月

02日

キャンペーンは、興味があるなら、乗った方がいい。

流れには、乗るのが第一選択。

 

 

例によって、個人的な話ですが、私、とうとうポケモンGOの国内で捕まえられる142種類を全て捕まえました!

 

ポケモンをやっている方ならわかると思いますが、ポケモンを捕まえると、「図鑑」というところに表示されていきます。

 

そういう意味で、142番目、最後に図鑑に登録されたのは、「リザード」というポケモンで、10月31日のことでした。

 

これは、「ヒトカゲ」というポケモンを進化させて、ゲットしたのですが、実は進化させようと思えば、いつでもできるように、ずいぶん前からなっていたのです。

 

ですから、実質的にという意味では、「ラプラス」というポケモンを10月30日の日曜日にゲットしたところで、142種類のコンプリートは完成したのでした。

 

さて、今、コンプリートできたのは、実はポケモンGOのハロウィンキャンペーンがあったからです。

 

細かいことは省略しますが、このキャンペーン期間中は、ある種のポケモンがたくさん出てくるだけでなく、他のポケモンを進化させるのに必要なものを早く、たくさんゲットできたのです。

 

おかげで、このキャンペーンの結果、私のポケモンGOは、一気にコンプリートになりました。

 

こういうキャンペーン、流れには乗るのが一番です。

先日、ポケモンGOをやっている、という卒業生の大学生と話す機会があり、ハロウィンキャンペーンの話になったのですが、彼女は、そんなことおかまいなしで、気が向いたら、気が向いた時間だけ、やっているだけで、そんな流れには乗っていないと言っていました。

 

もちろん、所詮はゲームですから、それで全く問題ないのです。

が、ゲームの内容に関わらず、何かに取り組むという点では、キャンペーンや大きな流れに乗った方が良さそうです。

 

みんながある遊びに夢中になったり、ある単元の学びに熱中したりする時は、

「ボクは興味ないし〜」

とニヒルを気取るより、

「よ〜し、ボクもやってみよ〜」

と軽くやってみた方が、肩に力が入っていません。

成果も上がりやすいでしょう。

 

このポケモンGOというゲームは、私にとって、とても興味深く、モチベーションや何か課題に取り組ませたいお母さんへのヒントとして、近いうちに記事にしていこうと思います。

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2016年

11月

03日

子どもに本当に力をつけたいなら、水戸黄門に勉強のヒントがある!

水戸黄門に学ぶ、子どもが取り組みやすい勉強のヒント

 

同じ問題を繰り返すことを恐れない。

 

 

水戸黄門…

国民的ドラマと言っていい、誰でも知っている有名作品。

ほぼ同じ構成の繰り返しにもかかわらず、つい見てしまうという人も多かったドラマです。

 

いや、見てもいないのに、終了するとなったら、妙に寂しさを感じずにはいられない、偉大なるマンネリ。

 

さあ、そろそろ印籠が出るぞ、とわかりきった流れが、むしろ心地よく、安心して見られますよね。

 

子どもにとっても、この「繰り返し」というのは安心材料です。

私はよく絵本の読み聞かせをしていましたが、有名な作品で、幼稚園や私が担任する前の学年でも、何度か聴いているものでも、結局、よく引き込まれているのを見たものです。

 

初めこそ、

「あ〜知ってるよ〜また〜」

などと、文句を言うのです。

が、結局、身を乗り出して聞いているのですね。

 

これは、勉強でも同じことが言えます。

 

同じテキストや問題を出すと、

「もうやったことあるのに〜」

と、やる気が出ない、なんていうことがあります。

 

でも、結局、できることなら、問題が進みますから、安心して取り組むことができます。

もし、どうしても嫌がるというのなら、1度目にやった時に間違えたものだけやる、という方法もいいでしょう。

 

同じのなんて、つまらない〜

 

そんな声に負けてはいけません。

同じことを繰り返すことは、本当に力をつけます。

ぜひ、水戸黄門を思い出し、繰り返し、繰り返し、同じ問題をさせていただきたいと思います。

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2016年

11月

04日

「なんで勉強しなくちゃいかないの?」それはね…

「ねぇ〜なんで勉強なんて、しなくちゃいけないの?」

こんな質問の答えには、いろいろあるけれど、これだけは、心の中で思っておきたい。

「それはね、大人のためだよ」

いきなり身もふたもない話ですが、子どもは敏感です。
そして、敏感過ぎるところがあります。

勉強しなくちゃいけないのはわかっていて、面倒になると、大人が困るとわかっていたり、大人の心の幅を試そうとしたりして、

「なんで勉強なんて、しなくちゃいけないんだ!?」

というような質問をしてくることがあります。

その答えには、いろいろなバリエーションがあると思います。

真剣に勉強の意味を知りたいと思っているのなら、あなたが感じている、自分で経験した勉強の喜びを語るのが一番です。

「私は勉強しなくて困ったから、あなたはやりなさい」

というタイプでは、

「じゃ、今からやりなよ」

というようなイジワルな反発心も産んでしまうかもしれません。

聞かれた大人が、自分の経験した勉強の喜びを語るのが一番効果的で、子どもは安心できます。

一方、単にやる気をなくしていて、やらない口実を探しているだけなら、具体的なメリットをいくら答えても、反論が止まらなくなります。

そんな時は、選択肢は2つです。

まず、何も答えない。
完全なる無視です。

やるべき課題を目の前に置き、横に座って、何も言いません。

私はこれが一番いいと思いますが、冷たく感じるならば、やるべき課題を終えたところで、最初のパターンのように、あなたが感じた勉強の喜びを伝えてあげるのがオススメです。

さて、どのケースでも、大人の心の中にしまっておくこととして、勉強しなくてはならないのは、大人のためだということを意識しておきたいなと思います。

外で遊びたい、ゲームをしたい、本を読んでいたい、テレビを見たい、ゴロゴロしていたい…

そんな欲求が湧いてくるのが自然なのです。
勉強に楽しみや喜びがあるのは、間違いないのですが、子どもが目の前の欲求にかられるのは当然のことです。

それはわかっているけど、子どもの当然の欲求に任せて、

・力がつかなかったらどうしよう
・他の子より遅れたらどうしよう
・この時期にすべきことをさせられなかったらどうしよう
・子どもの欲求に負ける親だと思われたらどうしよう
・子どもをうまくやる気に導けないダメな親になったらどうしよう

など、不安材料がムクムク湧いてきてしまう、ということはありませんか?

大人がそう不安になるのも当然ではあるのですが、だとすると、今、目の前で、カリカリと勉強してほしいのは、

「私を安心させてほしい」

というホンネが隠れているのだと思います。

しつこいようですが、大人がそう感じるのも当然なので、それに罪悪感を持つ必要もなく、勉強を始めたお子さんの横に座って、

「いやぁ〜私が安心できるために、ありがとう〜」

とほくそ笑んでいることが大切です。

勉強する喜びは、あるところまで人格が育ち、私は私の関心のあることをやるんだ!と、ハラが決まれば感じることができます。

お子さんは、小さければ小さいほど、お母さんの気分と一体化しています。

お母さんがホンネに正直でいることは、お子さんの成長にとても効果的なのです。
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2016年

11月

05日

お母さん、安心してください。お子さんを甘やかしてもいいんです。

お子さんをどんどん、甘やかそう!

 

何かの初めだけは、罪悪感なく、全力で。

 

 

 

自動車が一番、ガソリンを使うのは、いつなのでしょう?

インターネットで検索してみたところ、エンジンをかけた時、あるいは、動き出す時のいずれかのようです。

 

どちらにせよ、「スタート」で一番、燃料を使うのですね。

これは、お子さんに何かをスタートさせたい時も同じです。

いや、大人もきっと同じです。

私自身、録り溜めたサスペンスをダラダラと見ていて、気持ちのいい時に限って、

「あっ!あれをやっとかなくちゃ!」

と、ふと思い出してしまいます。

 

始めてしまえば、さほど苦のないことでも、始めるのはどうしても、億劫なのです。

つまり、お子さんに何かをさせたいなら、最初で、最大のキーポイントは、

 

「いかにスタートさせるか」

 

ということです。

 

もちろん、そのことは、お母さん方も経験的におわかりでしょう。

褒めたり、叱ったり、ご褒美をぶら下げたり、脅してみたり、いろいろな方法で始めさせようと努力されたこともあると思います。

 

言葉もいいのですが、私の経験上は、始める時だけは、罪悪感なく、どんどん手伝ってあげるのがオススメです。

 

もう、代わりに何問か解いてあげたり、やって見せたりしていいのです。

私も、これまで何度か、代わりに問題を解いてあげたことがあります。

 

そうやって、実際に手を出して、手伝うと、私の経験では、

「もう大丈夫、自分でやるから」

と、子どもが自分から言い出します。

今まで例外はありません。

 

手伝ってしまうことにお母さんが罪悪感を持つ必要はないのです。

大事なことは、

「もう大丈夫」

と子どもが言い出した時には、そっと何も言わずに手を引く覚悟があるかどうかなのです。

 

始める時に手を出すことに罪悪感を持ってしまうなら、逆に子どもが自分でやろうとするのを無意識的に防ごうとしていないか、そこに寂しさを感じていないか、ふりかえってみるのがオススメです。

 

子どもは、元来、自分でできることは自分でやりたいし、やって認められたいし、何より、自分なりに満足したいのです。

ですから、スタートさせてしまえば、もう大丈夫なのです。

 

これから、ぜひ、どんどんと手伝って、甘やかして欲しいと思います。

ただし、それはスタートの時だけです。

そして、お子さんが自分の力でできるようになることを明るく見守っていただきたいと思います。

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2016年

11月

06日

クレーマーにならずに済む方法とは…

クレーマーになりたくない!
モンスターペアレントになんて、なりたくない!

そのために、キチンと気持ちを伝える。


スタバは、いつでも混んでいます。
私がよく行く時間帯は、朝早いこともあり、座れなかったことなど、ほとんどありませんが、土日の11時以降ともなると、アッサリ座れることの方が珍しいかもしれません。(それでも、不思議と座れなかったことは、ほとんどないのですが…)

さて、この週末も、やはり混んでいた吉祥寺ですが、いつもあまり行かないスタバに行ってみたところ、案の定、混んでいました。

ところが、タイミング良く、ちょうど親子連れが出そうになっていたので、少し離れて待っていました。

さて、行こうとすると、スッと後ろから若者カップルが現れて、座ってしまったのでした。

まったく〜とハラが立った私でしたが、もしかしたら、彼らの方が先に待っていたのかもしれないのです。

そこで、私は店員さんに、並んでいる列がハッキリするとありがたいと話しました。

これは、ともするとクレーマーと言われてしまうことなのかもしれません。

もちろん、怒鳴ってなどいませんし、責任者を出せ、などとも言っていません。

まぁ、私のイライラは伝わったでしょうから、店員さんはクレーマーと感じたかもしれませんね。

だとしても、私は自分の気持ちを伝えられたことで、自分に満足できるのです。

このイライラを抱えたままにすることは、スタバへの怒りを溜めるのではなく、自分への怒りを溜めることになるのです。

割り込んできた(と私からは思える)若者への怒り、システムをキチンとしないスタバへの怒りは、大なり小なりあるにせよ、仕方ないことです。

ウジウジと心の中で、くすぶるのは、こういう時に、

・若者に対して、「私が先に待っていた」と言えなかった

・店員さんに対して、要望をキチンと伝えられなかった

「自分」の不甲斐なさなのです。

というわけで、大切なことは、自分の心の中に湧いてきた気持ちを、落ち着いて、伝えることなのです。

相手にも立場があり、都合があるので、自分の要望を聞いてもらえるとは限りませんし、イライラを返されてしまうかもしれません。

でも、少なくとも、自分本人が、自分自身の気持ちに正直になり、それを相手に伝えることができた、ということで、納得ができます。

私たち教師は、大切なお子さんをお預かりしています。
また、先生を立てなきゃ、学校を尊重しなきゃということから、
「うーん…これは言おうか、言うまいか…」
と、お母さん方を悩ませてしまうことも多いと思います。

そんな時、どうすれば、一番、納得ができますか?
教師に伝える前に、お友達に言ってみるのもいいでしょうし、ご主人に言ってみるのも、おばあちゃんに言ってみるのもいいかもしれませんね。

私自身、お母さん方に、こういう気遣いをさせていることを自覚した上で、素直な気持ちを伝えることの大切さを訴えたいと思います。

2016年

11月

07日

自分を変えるのは、負けではない。間違っていたわけではない。自己否定ではない。

自分を変えるのは、負けではない。
自己否定ではない。

私はこれまで、積み木崩しの大切さを訴えてきました。

初めは親から言われた積み方です。
いや、親が積んであげなくてはいけません。
次第に自分の積み方も入り、教師や友達の積み方も入り、作品は入り組んできます。

成長の過程では、残念ではあるけれど、せっかく積み上げてきた作品を一度、壊さなくてはなりません。

さみしいし、残念なことです。

さて、この積み木を崩さなくてはならない時、これまでの自分が間違っていたから崩さなくてはならないんだ、というとらえ方をすると、崩すことが「負け」になり、「自己否定」になります。

すると、壊したり、崩したりすることを頑なに拒否し、守ろう、守ろうとするようになります。そして、多くの場合、攻撃的になるのです。あるいは貝のようになります。

私にも、そういうところがあります。
人には、
「新しい自分になれるチャンス〜」
などと、言えるのに、自分ではどうでしょうか…

平気で壊せてしまう時と、まだ守ってしまう時があるのが実際です。

では、この違いは何なのでしょうか。
それは、私が自信を持っているか否か、安心できているか否か、なのです。

あ〜大丈夫。
壊したって、また作ればいいから。

と安心している時は、壊すことができます。
例えば、私の場合、料理などが当たります。
試しにやってみて、とんでもないものになった時…
ウジウジもしないし、むしろ笑ってしまうのです。
よし、次はこうしてみよう、と前向きです。

私は料理が得意なわけではありません。
できなくても、大丈夫。
できるために、失敗しても大丈夫。
と、心から思えているだけのことです。

でも、人間関係となると、なかなかどうして、ダメですね。

ホンネが大事と言いながら、やはり、まだ人目を、相手に嫌われたくない、と考えてしまいます。

大丈夫。
次は、こんな声をかけてみよう!
と、明るく前向きにはなれないところがあります。

そんな私ですが、少しずつ、自分の気持ちに正直になれることが増えているのは間違いありません。

というのも、
「自分を変えるのは、過去の自分が間違っていたからではない」
という考え方ができるようになってきたからです。

アオムシでさえ、脱皮するのに悩みません。
自分を変えるのは、痛みも、寂しさもあるけれど、自分が大きくなっていることなんですね。

お子さんをご覧になっていて、おや?と違和感を感じる時…
あるいは、お子さんを見ているお母さんご自身の感覚が変わったな、と感じる時…

古い殻を脱ぐタイミングがきた、ということです。

「そんなの絶対にイヤだ!」

という気持ちになったなら、変化は失敗や間違いの証明ではない、と思い返してほしいな、と思います。(そして、私もそうします)

2016年

11月

08日

電車内で電話をかけていい?悪い?

意味付けの大切さ

先日、中央線に乗っていた時のことです。
ベビーカーに赤ちゃんを乗せ、荷物をたくさん網棚に積んだお母さんが座っていました。

電車が三鷹駅に着き、特急の待ち合わせで、少し停まっていました。

すると、そのお母さんは携帯を取り出して、どうやら家に届く荷物の時間変更を頼んでいるようでした。

空いている時間帯だったとはいえ、赤ちゃん連れで、この荷物…

大変だろうなぁ、と思い、車内で電話を始めても、イライラを感じませんでした。

これが、何となくギラギラしたおじさんが、大声で、ゴルフがどうの、飲み屋がどうの、と言い出したら、イラッときたかもしれません。

ところが、運送会社かお店かに電話をかけているお母さんの声は、なかなかに大声になってきました。ちょっと遠慮は感じられないレベルです。

そして、大声で住所も言っていて、都心のどうやら高層マンションのようです。

すると、妙に押しの強い人のイメージになってきたから、私もまだまだ小さい人間だ、と思わずにはいられませんでした。

お母さんの声が大きくなったのは、押しが強い人だからかもしれませんし、電車内で通話する罪悪感や緊張感からかもしれませんし、そもそも、何もいしきしていない人だからかもしれません。

なのに、「私」が、勝手に意味を付けて、勝手にイライラしたり、同情したりしているのです。

出来事そのものには、本当は意味もないし、もちろん誰かを責めてもいないのです。

でも、根拠もなく(あるように思えるけど)、自分を責めていたり、自分の価値のなさを指摘していたりするように思えるようです。

出来事そのものには意味はない。
意味をつけるなら、自分がラクでいられるものを。

そうありたいと思いました。

2016年

11月

09日

ご褒美で釣っちゃいけないなんてわかってる。でも、とりあえず、コレをさせなきゃ1日が終わらない!なんていう時のヒント

もう、理屈はいいから、理想もいいから、とりあえず子どもを動かしたい時の言葉かけのヒント

つぶやく。


私は、子どもに何かを伝える時、とくに褒めたい時は、ハッキリ、キッパリ伝えることを大切にしています。

いいことを伝えたい時などは、照れてしまい、何となくモジモジしてしまったり、何について褒めたのか、よくわからなかったりしますから、いいことを伝える時の方が、覚悟が必要です。

とはいえ、子どももプロです。
大人が褒め言葉で、言動を誘導しようとしているのか、常に敏感に感じています。

褒め言葉をニンジンのように目の前にぶら下げても、効果は一時的であるか、大人の承認がないとダメな子になってしまうか、というちょっと大きなテーマは、アタマの中にあるにせよ、忙しい毎日を乗り切るためには、

もう、理屈なんていいから、あとで困ってもいいから、コレをさせたい。

という時もあるのが当然です。

そこで、褒め言葉で釣りますが、もう効果が薄いなぁ…という時は、ぜひつぶやいてみてください。

ワンワード、短い言葉がいいですね。

例えば、テレビのワイドショーなどで、専門家がダラダラとウンチクを言っていることよりも、いわゆるおバカキャラの若いタレントさんが、

「ウソ…バカみたい」

とつぶやいたことの方が、心に残ったりします。
きっと、テレビの中では、それも計算されていたりもするのでしょう。

いずれにせよ、それを聞いた人が、その人のホンネ、素の気持ちが出たんだなと受け止めてくれればオーケーな訳です。

「おっ、スゴい…」

というような褒める言葉だけでなく、

「やれ」

というような、刺す言葉でも応用可能です。

一言を小さい声で、しかし譲らないぞという覚悟で、ブスリとお願いします。

2016年

11月

10日

「3歳児神話」で本当に苦しむのは誰か。

子どもを保育園に預けたっていい。

お家で、一緒にいたっていい。

 

 

先日、ネットでこんな記事を見かけました。

 

「3歳児神話」の亡霊…保育園は悪? 12年の追跡調査でわかったこと(withnews)

 

このようなブログを読んで下さるのですから、3歳児神話という言葉を耳にしたことのある方も多いでしょう。 

 

3歳児神話とは、子どもが3歳になるまでは、お母さんは子育てに専念しないと、その後の成長に悪影響がある、という考えのことです。

 

「3歳児神話」という言葉を聞いたことのない方でも、この考え方を意識せずにはいられないという方もいらっしゃるでしょう。

 

3歳児神話が子どもに悪影響で、子どもの心身に問題が出る前に、お母さんを苦しめてしまうようです。

 

この「神話」は本当のことなのか、違うのか…

いろいろな考えがあり、研究があります。

 

日本人の伝統的な感覚からすると、なんとなく、正しそうだ、という意識があるように私は感じます。だからこそ、3歳児神話は一部のお母さんを苦しめます。

 

ですが、冒頭に紹介したネット記事によると、3歳までの間に母親が保育サービスを活用したか否かに発育上、親子関係の良好さに影響はなかった、ということです。

 

このような記事があり、研究があるということは、当然、逆の結論を導く記事、研究もあるのでしょう。

 

それぞれに、なるほど、と思える実証や論拠を挙げているでしょう。

 

じゃあ、どっち!?

 

正直、私にはわかりません。

が、仕事のことなのか、精神的なことなのか、どうであれ、子どもを預けたり、保育サービスを使ったり、するしかなかったのですよね。

 

あるいは逆に、子どもを人に預けたり、仕事に出たりすることができなかったのですよね。

 

だとしたら、もういいのではないでしょうか。

どちらであっても、

 

「よしよし、私は、しっかりやってきた」

とも考えられるし、

 

「あ~私ってダメだ…こんなことしかできなかった」

とも考えられるのです。

 

それならば、

「大丈夫。これでいいんだ」

と、思ってしまうことは、どんな子育ての秘訣を試すより、お子さんには価値があると感じます。

 

かつて、河合隼雄さんの著書を読んでいて、

「かつての母親はすごかった、というが、何人もの子どもを抱え、農作業も、家仕事もいっぱいの母親たちは、赤ん坊はかごに入れて、木の下に置き、動けるようになると、紐で木につないでいたんだから、今の感覚で『いい母親』などではなかった」

というような記載があったのを覚えています。

 

確かに、今、赤ん坊を木の下に置いて、仕事をしていれば、誰かに相談所に電話されてしまうか、ともすると、110番通報されかねません。

 

でも、当時の感覚では当たり前だった。

「当たり前」って、変わりますね。

 

かつて、北欧の教育視察をしたことがあります。

デンマークでは、学童保育所を見ましたが、両親共働きが当たり前で、朝は7時だか6時だかからオープンしていると聞き、驚きました。

 

また、フィンランドの小学校では、冬の登下校について話を伺った際、真っ暗な中を1年生や2年生の子が歩いてくることを聞きました。

 

セキュリティの心配について質問すると、その意味がわかってもらえませんでした。

 

これらの例は、小学生以降の話であって、3歳児までの成長について考えた話とは違います。

 

が、地域により、時代により、当たり前とされることは、すっかり変わりますね。

3歳児神話なんて、ネットで検索しても出てこない時代が来るかもしれません。(その頃、ネットというものがあるのかどうかもわかりませんが…)

逆に、小学校に上がる前に母親が子どもと離れることはありえない、なんてことが一般化するのかもしれません。

 

私の限られた経験と、見聞きしたことを総合すると、3歳児神話の妥当性よりも、そこで迷ったり、不安に思ったりすることの方が、子どもに悪影響だと思います。(冒頭のWEB記事と同じ考えです)

 

時代が変わり、スタンダードが変わったら、またそこで考えましょう。

 

保育園に預けても、預けなくても…

仕事に出ても、出なくても…

 

大丈夫です。

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2016年

11月

11日

「やっぱり、私には、いいことが起こる!」と思うためのヒント

ほらね、やっぱり!
私には、いいことが起こる。

と、感じることができたのは、肩の力が抜けたから。
力むのではない。
緩もう。


さっそく、個人的な話ですが、今週は本当にいい一週間でした。明日、明後日も、そうだと思います。

月曜日、学校での子どもとの会話…本当に何気ない、おしゃべりが、ちょっと私の心を温めてくれました。

「いやぁ〜いい1日だ〜」

と、自然に湧き出してきた気持ちが、翌日も続きました。

ほうほう!
こんなに気持ちがいいなんて、私にはありえない…
きっと、嫌なことが起こる。
悲しい出来事が起こる。

と、なぜだか思わなかったのです。
この理由はわかりません。
逆に、

こんなに気持ちがいい日が2日も続いたのだから、今週は、いい一週間だろう…
きっと、いいことが起こる。
嬉しい出来事が起こる。

と、自然と感じていたのだから不思議です。

「無理に、そう決めつけた!」

というほどのことではないのです。
妙に肩の力が抜けた一週間だったと思います。

いいことばかりで、一日中過ごそう、とも思っていません。実際、イラっとくることもありました。

ところが、それを引きづらずに済んだのは、
「ま〜いいか〜」
と、肩の力が抜けていたからです。

毎日、気分よく過ごすことは、とても意味のあることです。

中でも、おウチの中で、一番、重要なお母さんの気分がいいことは、家族の健康と活力、成果に最も効果的な秘訣です。

そこで、
「気分よく過ごそう!気分よく過ごそう!」
と、力むと、逆に気分が悪くなることを考えてしまいます。

肩の力を抜くことは、気分よく過ごすために、大いに意味があるようです。

2016年

11月

12日

人を動かすヒント。妖精に頼む。

困ったら、妖精を呼ぶ。
自分でやらない。


例によって、私ごとですが、我が家では、嫌な家事をしないことにしています。

全部、妻がやるから大丈夫、という話ではありません。
また、家政婦さんがやるから大丈夫という話でもありません。

嫌だな、と感じた時は、素直にやらないでおくと、妖精が現れて、やってくれる、ということにしてあります。

そして、その妖精が家事をしている姿は、絶対に見てはいけない、ということになっています。

もちろん、結論から言えば、お互いに家事をしている(実際のところ、ほとんど妻が…)のですが、
「やらされる」
「やらなくてはならない」
ということが、やる気を奪います。

「やらなくてもいい」
「やらなかったら、妖精がやってくれる」

という状態が、プレッシャーを減らします。

そして、やっている姿を見られない、というところも魅力的です。

頑張っている姿を見て欲しい時もある反面、見られたくない時もあるものです。

やってくれてありがとう!
やってくれて助かる!

のですが、人知れず、そっとやっておきたいという、サプライズの演出もしたい時があると思うのです。

「やりなさい!」
「頑張って、頑張って、力をつけなさい!」

もいうのは、正論ではありますが、その分、反発も招きます。

時には、妖精の力を借りてみてはどうでしょうか?
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2016年

11月

13日

やらせても、やらせても足りない!どこまでやらせればいい!?

欲しいものは、無くならない。
伸ばしたいものも、無くならない。

それでいい。
欲にまみれていい。
行けるところまで行こう。


先日、ネイビーのジャケットを一着買いました。
秋冬物ですが、起毛感が少なく、スリーシーズンいけるかなぁ〜と気になっていたのですが、買う勇気がなかった物が、秋のセールになっていたからです。

いやぁ、あの時、買わなくてよかったなぁ〜と満足して、日々、着ているのですが、さぁ、これで欲しいものは、もうないぞ、と思ったのもつかの間…

一昨日、通販でベージュの羽織物を買ったのでした。
これは、既にネイビーのを持っていて、とても気に入っていたのですが、ベージュが半額以下になっていたということと、何年も着たベージュのサファリジャケットがボロボロになって捨てたということで、ポチッとやった訳です。

と、たかが洋服を二着買ったぐらいで、これだけ言い訳やらウンチクやらが湧いてくるのですから、欲しいものの誘惑に負けることへの罪悪感も、セットでたっぷり湧いてくるようです。

ハッキリ言って、最近買った服は、無くても困らないものです。

私のジャケットに新しいコレクションが増えて、喜ぶのは、私自身だけですね。

仕事上、またこのジャケットですか?と思われて困ることは、おそらくないでしょう。

でも、欲しかった。

それだけのことです。

私の話が長くなりましたが、これをお子さんをどう伸ばすか、という観点に置き換えても、おそらく似たところがあると思います。

今、この時点で、これはさせよう!ということに力を注ぎ、できるようになると、だったら、これもできるように、あれもしておくといい、と際限なく広がります。

「先生、どこまでやらせればいいんでしょうね…」

と、苦笑いを浮かべつつ、相談されたことがあります。

普通はここまででいい、というのもあるでしょうが、させてみたいなら、させてみましょう。

大事なことは、させてみてどうかを、よく見ること、そして、もし、今じゃないなら、いったんやめることです。

私も、行けるところまで、行くことにします。
もう、さすがに欲しい服はないのですが…
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2016年

11月

14日

子守りはスマホ いい?悪い?

自分の時間は、とても大切。

そこで、スマホに子守を頼むって、いい?悪い?

 

 

毎日新聞にこんな記事を見つけました。

「自分の時間欲しい”スマ放置ママ”6割」

 

お母さんは大忙しです。

仕事をされていなかったとしたって、余裕があるでしょ、なんて言われたら、きっとムッとされるのではないでしょうか。

 

家の仕事、子育てのことには、終わりがありません。

そして、正解がありません。

昨日の記事(「やらせても、やらせても足りない!どこまでやらせればいい!?)で書いたことともつながりますが、なかなか、簡単にはお母さんの心の片隅から、不安が消えないものですね。

 

実際の生活上も、精神的にも、お母さんが自分の時間をじっくりもてることは、本当に大切です。

 

そして、それがお母さんの安心や満足につながれば、結局、お子さんの安心につながり、日々の生活も安定します。

 

ところが、そう簡単ではありませんね。

冒頭に書いた毎日新聞の記事によると、

 

「4歳〜8歳の第一子を持つ母親の6割以上が、子どもをスマホで遊ばせたことがある」

 

と答え、その理由で最も多かったのが、

 

「自分の時間を確保するため」

 

で、7割以上の方があげたそうです。

 

実際、私が子ども達と接していて、子ども達は、何の意識もせず、自然にお父さんやお母さんの携帯に触ることがとても多いです。

 

100パーセントではありませんが、そういう子は多そうです。

この記事の調査は、私には自然に感じられます。

 

そして、重要なことに、子どもをスマホで遊ばせたことがある、と答えた母親の76.3パーセントが、

「よくないことだと思っている」

と答えたのだそうです。

 

この感覚は、今の日本では、一般的なものでしょう。

程度問題だとは思いますが、短い時間ならいざ知らず、あまりに長時間だと、あるいはそれが当たり前になると、いいのかな…という疑問符が私の頭の中にも湧いてくるのが事実です。

 

このことは、テレビ保育、ビデオ保育がいいか、悪いかという論点の延長にあるように思います。

 

これらのデジタルデバイスが子ども、赤ちゃんにどんな影響を与えるかは、賛否両論の研究がありますが、いずれにせよ、問題は、「放置」です。

 

これだけスマホやパソコン、テレビが普及した今、全くそれらに触れずに、ある程度大きくなる、ということは不可能です。

 

また、これから、それらのデバイスをなくそう、などというのも非現実的です。

バランスよく、程よく使う、というのは、このご時世では一般的なのではないかと思います。

 

むしろ、公園や図書館、あるいは駅前などで、お母さん同士のおしゃべりに花が咲き、お子さんに、スマホどころか、身の危険が迫っていても気づかない、人に迷惑をかけていても知らんぷり、という「リアル放置ママ」の方が、目の前の危険がありそうです。

 

最も大事なことは、

「放置」

をしないこと。

 

そして、スマホは、

「程よく」

が次に大事だと思います。

 

子どもの心配をする前に、私自身、スマホを忘れると生活ができません。もう、大人がスマホ中毒なのです。

 

気をつけたいと思います。

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2016年

11月

15日

お子さんの話を「まるごと」聞いていますか?

「まるごと話せる人がいる」

お子さんが、今、向き合っていることの奥に、本当に向き合っているものがあると考えて、話を聞く。


「まるごと話せる人がいる」
銀行のテレビコマーシャルで見かけたコピーです。
お金の相談に来たはずのご老人が、今後の人生設計について、誰と、どんなことがしたいと話が止まらなくなり、それを銀行の方が全部、受け止めている様子が描かれていました。

実際に銀行の窓口で、私の人生設計を長々と聞いてもらえるかは、わかりませんが、このコンセプトは大事だなぁと思いました。

子どもは、その都度、その都度、それぞれに課題に向き合います。

実際に子どもと毎日過ごしているお母さんにとっては、それは具体的なことですよね。

例えば、学校に行きたがらない、漢字テストの点が悪い、友達とすぐケンカする…

などなど、簡単には解決しないこともあると思います。

こんな時、この課題の奥には、何があるのか、意識することが大切です。

子どもの話を聞く時、様子を見る時、
「まるごと」
聞く、見ることを意識したいものです。

実は、お母さんの関心をひくため…
お母さんの心配を具現化するため…
ということだってあるのです。

私のことを考えても、まるごと話を聞いてもらえるだけで、活力が湧いてくるということは、多くあります。

ぜひ、
「まるごと」
で、お願いします。
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2016年

11月

16日

あと1カ月の二学期。このタイミングで意識できること。

11月も半ばを過ぎ、二学期もあと1カ月。
もう一踏ん張り。

秋も深まり、冬も近づいてくるこの頃です。
長かった二学期もあと1カ月。
実りの秋になっていますか?

大丈夫。必ず実っているのです。
ただし、その実り方が、大人にとって、都合がいいか、悪いかは別問題ですね。

私の経験では、残り1カ月となると、先が見えてくるからか、トラブルがグッと減ってきます。

学期末はクリスマスもあり、気持ちが浮つくかもしれませんが、そんなに深いことは、起こりにくいと思います。

今、何か困りごとを抱えている方にとっては、
「いつまで続くんだ〜」
と、洞窟をさまよっているような心境かもしれません。

12月になったから、冬休みになったから、一気に解決というわけではないでしょうが、きっと一息つくことはできます。

明けない夜はないし、上がらない雨はない。

あと1カ月です。
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2016年

11月

17日

気持ちが上がるためのヒントは、「安心」がキーになっている。

気持ちが上がるためにできること。

そして、気持ちが上がる、とは楽しくなるということよりも、「安心できる」ということ。


先日、学校に行くために、朝の準備をしていました。
その時、初めて(だと思いますが…)、気持ちの上がる服が着たい!と思ってしまいました。

私は洋服が好きですし、場に応じた服装というのは大切なマナーだと思っていますが、気持ちが上がる服という感覚は初めてのことでした。

今年の私は広報を担当しているので、最低限、ジャケットは着て出勤します。が、この日は、なぜかスーツを着たくなりました。

チャコールグレー、かなり黒に近いような濃い色の起毛感がある冬物スーツです。

前肩仕様で、肩にはパットの入らない軽い仕様になっていて、一方でウエストはグッと絞っているお気に入りのスーツです。

一通り合わせて、玄関の鏡の前に立ってみますが、どうもしっくりこない…

シューズを表革の普通のものではなく、スウェードのモンクストラップにしたからでしょうか…

でも、その靴を履きたいのですから、仕方ありません。
そこでポケットチーフの違和感に気づきました。リネンの白いチーフをキチンと刺していたのですが、そこが浮いていたようです。

急いで、柄の大きいものに変え、今度は納得できました。

と、ある1日の私の服装になんか、全く興味を持てない方がほとんどという中で、ツラツラここまで書けるのは、気持ちが良かったからです。

子どもにとって、気持ちが上がるものというのは、遊びにつながる可能性もあり、むしろ与えないようにと思われる方もいらっしゃると思います。

確かにそうですね。
集中を妨げるものを物理的にそばに置かない、目に入れないということは、基本中の基本と言えるでしょう。

ここで考えるといいことは、気持ちが上がる、というのは、楽しいということではなく、「安心できる」という意味だ、ということです。

スヌーピーに出てくるライナスの毛布と同じなのです。

お子さんが安心できるために、どんな工夫ができるでしょうか?

今日、意識していただきたいことは、そこです。
安心できることで、毎日は、きっと明るいものになりますね。
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2016年

11月

18日

力むと、オーラが相手を固くする!?

上手にお子さんに伝える秘訣…
肩の力を抜く。


例によって個人的な話ですが、私は肩コリになりやすい人で、疲れが溜まったり、調子が悪くなりかけると、肩がコリ、頭が痛くなります。

もう、無意識のうちに、アタマの中でアレコレ考え、肩に力を入れているのでしょう…

そんな力んだ調子で、子どもと関わっても、何かうまくいかない感覚が残るような気がしています。

数十人の子どもを前に、毎日を円滑に回していくためには、力んで声を張り上げたり、体を使って何かを訴えたりする必要もある反面、そればかりでは、子どもの方が疲れてしまうように感じます。

若い先生は、そうでもないのです。
先生も年を重ねて、経験も積むと、やはり重みが出てきます。

そうなると、全力でこられすぎると、
「お腹いっぱい」
とでもいう感じで、受け止めきれないのでしょうね。

力むことで、何かオーラでも出るのか、そのあたりはよくわかりません。

が、何か人に伝わるものがあるように感じます。
ですから、何かを人に伝えたい時は、肩の力を抜くことが大切です。

もちろん、いつでも軽くていいかというと、それは違います。

ここぞという時は、グッと腹に力を入れて、テコでも動かない強さ、力みが必要です。

このバランスが、必要に応じてできるようになりたいものです。
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2016年

11月

19日

ある女の子が学校に行けるようになったのは、コレがきっかけ…

たまには、明日の3万円よりも、10年後の30万円を大切にしたい。

かつて、大学生の頃だったと思いますが、何かの本で、女性を口説く時、バーで将来の大きな夢を語ってはいけない、と読んだことを覚えています。

女性は現実的なので、10年後の30万円よりも、明日もらえる3万円の方が価値があるというのです。

このことは、私の場合、実際に女性を口説く時よりも、教師としての日常で意識してきました。

お母さん方にとっては、将来の大きな夢も大切であると同時に、なんのかんの言っても、毎日を円滑に回して、目の前のテストでいい点を取って欲しいし、当たり前の毎日がスムーズに過ぎて欲しいですよね。

そういう毎日の積み重ねが、大きい夢につながっているとも思います。

とはいえ、時には将来の大きな夢を意識することも価値があります。

どんな時?

それは、あの手この手をやってみても、どうも、うまくいかない…という時や、お母さんの感覚では受け止めきれないことが起きた時です。

別の見方をすると、
「もういいか…」
と、要求を手放すということ、今日のたとえで言うと、目の前の3万円を捨てるということです。

とあるお母さんから聞いた話ですが、ある時、お嬢さんがどうしても学校に行かない、引越しして他の学校に移らせてくれと言って、聞かない時があったそうです。

はい、了解〜

となる訳はありませんね。
でも、先生と相談したり、保健の先生ところに行かそうとしてみたり、いろいろしても、もうダメだ、となり、

よし、おばあちゃんの家に行くか…

と覚悟をした瞬間、学校に行くようになったのだそうです。

この例は、まさに、目の前の3万円を捨てた例と言えそうです。

でも、もしかしたら、おばあちゃんとの同居は、実はお母さんにとって、「将来の30万円」だったのかもしれません。

結果として、おばあちゃんとの同居は、もう少し経ってから、実現したそうです。

今、目の前で起きている困りごとは、実は将来の30万円、300万円、もしかしたら3億円につながっている。

そう考えることが、目の前の3万円を手に入れる秘訣なのです。

2016年

11月

20日

ある2つの中学に受かったこの子は、どっちの学校に行ったのでしょうか。

流れにのる。

昨日まで想像もしなかったようなことが、今日おこる、ということもあります。

それはご縁だと思った方が良さそうです。

それに…
本当は、心の奥では、それを期待していたはずですから…

何年か前の話です。
とある6年生の女の子が、中学受験の時に2つの学校に合格しました。

1つは自宅から近く、通いやすい学校。
もう1つは自宅から距離があり、満員電車に揺られなければいけないけど、考え方、理念がとても気に入っている学校でした。

いわゆる偏差値としては、遠い学校の方が、多少、高かったようです。が、それほどの違いではないと私は感じる程度の差です。大学の進学実績を見れば、大差ないのです。

でも、
・遠いし、
・偏差値高いし、
どうせムリ…(遠い学校は)

と、思っていたそうです。
ところがフタを開けてみると、2つ受かっていた…

女の子ですから、やはり満員電車に乗って、遠い距離を、というのは、不安材料ですね。

本当に迷って、迷って…
でも、縁がある時はある。
結局、遠い方の学校に進まれて、楽しい学校生活を送っているようです。

テストですから、受かったら嬉しいし、落ちたら悲しい。

合格できなかったらどうしようと、不安にもなります。
合格できなかった時を考えて、あえて努力しないという手を使う子も、少なくありません。

そういう心の防衛作戦も含めて、ご縁のある結果しか出ないなぁ、と思います。

受かる・落ちる。
手に入れる・失う。
認められる・認められない。

結果を表面的に見れば、成功・失敗がありますが、全て成功とも言えるし、失敗とも言える。

「なんでも大丈夫。流れに乗る」

これは諦めではなく、ムダなプレッシャーを取り除き、本当に望んでいることを受け入れる心の秘訣です。

2016年

11月

21日

お母さんこそ、お子さんの勇気の源

私、とうとう、機動隊に守ってもらえるVIPになりました。

ビックリするようなことも、不安になるようなことも、お母さんの言葉かけで、勇気づけられたり、笑顔になったりできる!

昨日の吉祥寺は、デモ(?)に絡んで、大混乱だったようです。

朝、気持ちよくお茶を飲みに行こうとすると、家を出たところに機動隊員とバリケード!

ありえないですよね。

そして吉祥寺駅に向かう道すがら、機動隊員を乗せたバスが何台も通り過ぎ、駅前はとんでもない数の警察官…

私は、
「とうとう、機動隊員の警備がつくようなVIPになったか〜」
と思うことにしました。

駅までの道でさえ、これだけ守られているなんて〜

大切なのは、受け止め方です。

私はその後、夕方まで出かけていたので、衝突騒ぎにはあっていないのですが、ツイッターを検索すると、びっくりするような衝突が起きていたとわかり、驚きました。

事実は、こうですが、私の心の真実は、VIPになった喜びでした。

不謹慎で申し訳ない気もします。
が、私にはデモを止めることもできません。
機動隊員と一緒に何かをすることもできません。

事実は変えられない。
あるいは、事実には意味はない。

お子さんを勇気づけ、笑顔を増やす意味付けをクセにしたいものです。

2016年

11月

22日

「こんなピュアな子がいるんだ〜」そんな子のお母さんがかけてくれた言葉とは…

ピュアな子どもの言葉を温かく受け止めたお母さんの言葉とは…


このブログを読んでくださっている方の多くは、小学生〜幼稚園児のお子さんがいるお母さん方です。

お子さんが語る将来の夢を聞き、微笑ましく思われることも多いと思います。

一方で、実は
「そりゃ、ムリでしょ」
と内心思っている、という方もいらっしゃるかもしれません。

確かに、誰でもがプロ野球選手になれるわけではありませんし、お花屋さんをやりたいと思い続ける子も少ないかもしれません。

でも、子どもの頃に思い描いていた夢の奥にあるものを考えると、実はそれを叶えるようにしていると思います。

そのヒントが、子どもの頃に好きだったこと、やめろと叱られてもコッソリやっていたようなことです。これは、将来に大いにつながりがありそうです。

ある卒業生の子は、幼稚園の時、
「将来、お母さんになりたい〜」
と友達に言った時、みんなに笑われて傷ついたのを覚えているそうです。

それをお母さんに言ったところ、
「お母さんになるって、素晴らしいことなのよ」
と言われ、とても嬉しかったそうです。

実際、彼女はグイグイ、友人を引っ張っていったり、まとめようとしたりするタイプではありませんでした。(多分、今でも?)

が、穏やかに、じっくり人と関わることができた記憶があります。何より、優しいなぁ、と感じていました。

こういう、ちょっとしたお母さんからの言葉が子どもの将来に大きな影響を与えるものです。

習い事をたくさんさせること、いろいろなところに連れて行くことも、もちろんいいと思います。

が、その前提として、土台に子どものピュアな気持ちを認めることがあるのです。

現実的にムリ…
あなたにはムリ…
私の子どもなんだから、そんなことムリ…

逆に、
そんなレベルじゃないはず…
あなたにはもっとできるはず…

まぁ、そう言わずに、お子さんの言葉の奥にあるピュアな願いは何かを考えてみていただきたいと思います。

2016年

11月

23日

受験に備えて、塾はいつから?

受験に備えて、塾はいつから?

 

「いつでも」

 

 

小学校受験の時期はひと段落。

この後、中学受験、高校受験、大学受験と、国民的受験シーズンに向かいます。

 

私も中学受験をしましたし、教師としてもお母さん方から相談を受けることも多く、受験対策をめぐる不安は、理解できるつもりです。

 

さて、その中で、

「いつから塾に行かせればいいのでしょう…」

というお話は、とても多く伺うことです。

 

私が小学生だった頃、塾の本番は5年生から。

4年生から始めるなんて、早すぎない?

という雰囲気でしたが、次第に、次第に早くなり、この頃は3年生頃から始める人が多くなっているように感じます。

 

そして、3年生や、ともすると2年生から塾に行かせるお母さん方からはお話を伺うと、どういうわけか、罪悪感の混じった不安や迷いを持たれていることを感じます。

 

私は、行かせたいとお母さんが思われたなら、もういいのではないかと思います。

 

ピアノを習わせる、英語を習わせる、水泳を習わせる、サッカーチームに入る…

それらのお稽古事と、塾の何が違うのでしょう?

 

塾だろうが、ピアノだろうが、サッカーだろうが、度が過ぎれば、お子さんが行き渋ったり、逆に、無理だろう、と思いながら始めた空手にハマってしまい、大活躍!ということだってあるのです。

 

そろそろ、行かせたいな、とお母さんが思われた時がタイミング。

私は、単純にそう思います。

 

塾の営業トークやネットの情報を耳にすると、

「早く行かないと、差が広がります!」

「中学受験は、親の準備の差!」

などと、不安を煽られてしまうことにもなりがちです。

 

まあ、そういう面もあるのでしょうが、不安に煽られて始めると、どうも喜びや楽しみは、ずいぶん減るように思います。

 

人と比べる必要はありません。

「行かせたいな」

と思われたなら、罪悪感なく、自信を持って、堂々と、周りのお母さんに何を思われようと、言われようと、にこやかに、塾に行かせていただきたいな、と思います。

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2016年

11月

24日

今、困っていることの原因は、完璧主義ではありませんか?

仲良くできない友達がいていい。
遊びたくないなら、嫌だと言っていい。
何となく気分が悪い時があってもいい。
テストで間違えることがあってもいい。

完璧主義は、頑張って、ちょっとずつ、ちょっと克服したい。


このところ、私にとって、気分のいい、素敵な日が続いています。

ありがたいなぁ〜と思っているのです。
が、今朝、雪の舞う街を見て、ふと思いました。

「そんなに毎日が、気分良くなくてもいいのでは…?」

私は、毎日、明るくいよう、とポジティブシンキングに凝っている訳ではありません。

腹がたつ。
悲しい。
悔しい。

そんな気持ちがあって当然だと思います。

ところが、誰かに腹を立てている自分、悲しんでいる自分、悔しがっている自分に気づくと、そんな自分に嫌な気分になるのです。

子どもでも、そんな気持ちになることがあります。

例えば、日常の漢字テストで一問、間違えた時…
友達の誘いを断ってしまった時…
お母さんに言われたことに対して、反発してみた時…

入試で落ちた、大怪我した、というような大きなことではなく、日常の、他人からは小さいと思えることの方が、かえって、イヤな気持ちを引きずると感じます。

テストで間違うこともあるし、
仲のいい友達でも、遊びたくない時はあるし、
お母さんを喜ばせたいけど、無性にイライラする時もある…

「ま、そんな時もあるんじゃない」

という言葉がオススメです。
完璧主義は、ちょっとずつ風穴を開けて練習したいと思います。

そして、漢字テスト練習は、今まで通りさせますし、友達のことも大切にするよう伝えますし、人の話は素直に聞くよう、何事もなかったように、今まで通りを続けます。

気分のいい毎日を過ごしている私ですが、やはり気持ちの波があるようです。

まずは、そんな自分を認めたいと思います。

2016年

11月

25日

マジメで、キチンとしたお母さんが2年越しで、やっと至った境地とは…

「もう、疲れました、私、いつまで子どもを見張ってたらいいんでしょう…?」

かつてのクラスで、あるお母さんが遠い目をして語られた言葉です。

このクラスは2年間担任したのですが、お母さん方とのお付き合いも2年目になると、かなり打ち解けたもの…親しいという意味ではなく、ホンネに近づけるという意味で…になります。

本当にまじめで、一生懸命なお母さんでした。
朝は冬など暗いうちからお弁当作りなんて、当たり前。
ちょっと何かあれば、送り迎え、そして面談では、少しでも遅れているところがあれば、家で補うので教えて欲しい、と繰り返し言われました。

嫌な感じ、責めてくる感じなんて、全くないのです。
本当に感じのいい、キチンとした方でした。

そして、お子さんの成績だって、悪くなんてない。
むしろ、いい方でした。
私の勤めている学校では、4年生からは、テストが始まることもあり、4年生になってからは、復習の時間も増やされたそうです。

表面的には、何の問題もない…

でも、お母さんはヘトヘトでした。
やっても、やっても、気になるところは消えないのです。

漢字テストで一問間違えたから復習…
そして、その字はオーケーになりますが、気づけば、算数で、あんな簡単な計算ミスをするなんて〜

私は、お話を伺い続けました。
こういう時は、
「お子さんは大丈夫ですよ。もう復習も減らしていいてますよ」
という正論ではダメです。
お母さんの納得がいくまで、限界になるまで、一緒に待ちます。

そして、とうとう、冒頭の言葉になりました。
これは、マジメで、キチンとしたお母さんの白旗です。

これだけの言葉を担任に語るのに、2年間かかる。
私には言いづらかったという面もあるかもしれません。

が、これ以降、このお母さんから面談をお願いされることはありませんでした。

お子さんは、変わらず頑張っていました。
トップではなかったけれど、成績も良く、中学受験でも、なかなかの出来、少なくとも本人が志望していた学校に進みました。

そろそろ、番人は辞めますか?
まず、グチってみますか?

え?
いつもグチっている?

では、お子さんのグチも聞いてみましょうか。
意外な困りごとに気づけるかもしれません。

2016年

11月

26日

お母さん!お子さんに何かをさせたいなら、この3つを意識してみてください。

子どもに何かをさせたいなら…
考えておくべき3つのポイントは、コレ!

1.内容

お子さんにさせたいことは、何ですか?
意外と、初歩的なことが明確でない場合があります。

「宿題です!」

わかります。
何度言っても、なかなか始めない宿題…
もう、言われないでもやってほしい!

だとすると、お母さんが本当にやってほしいことは、宿題ではないですよね。

お母さんがやってほしいと思うことを、面倒をかけずにやってほしい、ということですよね?

まず、それを自覚することがスタートです。
そして、その上で、
「とりあえず」
今は、この宿題を終わらせればオーケーです。
その積み重ねが、お母さんの本当のやってほしいことにつながっています。

お子さんが、何度言われてもやらない原因の1つに、
「どこまでやればいいの?」
というものがあります。

宿題を終わらせるだけで済まないんじゃないの〜

という疑いがあると、気持ちに見通しが立ちません。


2.レベルと分量

お子さんにさせたいことのレベルと分量は、合っていますか?

焦って…
しかも、お友達や兄弟、そして、ご自身と比べて、
「ここまで、できるはず!」
「これぐらいできていなきゃ、おかしい!」
と、他者都合で決めていませんか?

そういうことも刺激になると思いますが、これがベースでは、お子さんが疲れてしまいます。

常に爪先立ちを要求されているような状態です。
ゴムも引っ張り続ければ、伸びきってしまいます。さらに伸びる余力がありません。

お母さんからすると、ありえないことですが、子どもは、
「こんなにやってるのに、まだ言われるの!?」
というホンネを心の奥にしまっていることもあります。

お子さんの「今」に則した、レベルと分量を冷静に認めることが大切です。


3.褒めない

え?
叱らない、じゃないんですか?

はい。
褒めない、です。

正確には、初めは褒めていいのです。
むしろ、褒めることは必要です。
お母さんに褒められることは、お子さんにとって、一番のやる気の素かもしれません。

でも、考えてみるとわかりますが、呼吸ができるから、と褒めることってないですよね?

「あなた、偉いわ〜呼吸をキチンと止めずにできてるなんて!しかも空気の吸い方が最高ね!」

あまりないような気がします。

当たり前のことなら、褒めることはないのです。

赤ちゃんの時、なかなか、おっぱいを飲まなかったとか、食が細かったとか、何かを食べること自体が大変だったなら、その時は、食べてくれるたび、飲んでくれるたびに褒めていたかもしれません。

でも、それが育ちとともに課題で無くなっているなら、もう褒めませんね?

褒めるということは、普通はできないことができたから褒めるわけです。

宿題でも、生活習慣でも、人付き合いの心がけでも、褒めすぎると、かえって、
「普通はダメ」
であることを強調することになるのです。

褒めるべきなのは、
・新しいことに取り組んでみた時(うまくできたかどうかではなく…)
・失敗したり、うまくいかなかったりしても、取り組んでいる時
・新しく何かができるようになった時
です。

「あ〜そうかもしれません…でも、黙々と宿題に取り組んでいる姿を見たら、何か言いたくなって〜」

なら、お母さんも黙って、横に座って何かをしてみましょう。
お子さんが見られて嫌がることもあります。横で本を読んだり、何か書類を書いたりしていればいいのです。

お母さんの存在そのものが、お子さんには支えになります。

参考になったなら、光栄です。

2016年

11月

27日

「もうわかってる‼︎」と言われたら、こうしましょう。

いちいち、反抗されたり、反発されたりして、お困りではありませんか?

もし、そうなら、少し視点をズラすことを試してみましょう。


私、最近はお風呂に入った後、毎回、壁やバスタブ、鏡などを拭いてから、上がっています。

ちょっと前までは、お風呂掃除が面倒で、というよりも、やろうなどとあまり意識もしていませんでした。

が、妻の両親がフラリとやってきて、掃除をしておいてくれた、と聞き、刺激になったのでした。

これは、宿題やすべきことをしないでいるお子さんにとって、先生や友達のお母さんに叱られたようなものでしょうか…

ちょっと距離のある人、よく思われていたい人からの刺激は、それなりに効果があります。

とはいえ、そんな刺激は、わりとすぐに忘れてしまいます。

妻の両親が来るのは、頻繁なことではないし、頻繁になったらなったで、それが当たり前になります。

私のお風呂掃除で言うと、お風呂の壁を拭いている時、ホテルのピカピカなバスルームを思い出したのです。

汗をかいて午後にチェックインし、シャワーを浴びる幸せ…

そして着替えて、用を済ませて夜に戻ると、またピカピカになっているのはなぜか。

それは、ターンダウンサービスで、また拭いてくれているからです。

そうか…
拭けばキレイなのか…
そして、そういうホテルでは、それが当たり前なんだ…

と思いあたり、

「ここは、高級ホテル‼︎」

ということに決めたのでした。

そして、お風呂を拭いていて気づいたことは、お風呂から出て、洗面所で寒くないのです。かえって体が冷えないのですね。

これは湯冷め防止にもなるのか〜と思い、よりやる気になっています。

勉強をするのは、あなたのため。
あなたの将来の選択の幅を広げるため。
宿題を早く済ませれば、後が楽。
靴を揃えて脱ぐ癖ができていないと、将来、恥ずかしい。

それはそうです。
が、そんな正論は、アタマではわかっているのですよね。

「もう、わかってる〜」

という、何万回言われたかわからない言葉が返ってくることになります。

だとしたら、何かをさせたいなら、お子さんが思ってもいないような視点を見せないといけません。

宿題をするのはなぜか…
→お母さんの機嫌がよくなって、おかずを一品増やすため。

朝起きて、顔を洗わなくちゃならないのはなぜか…
→顔がピカピカになって、男の子(女の子)にモテるから。

など、肩の力が抜けて、なおかつ、ちょっとホントかな?と思うようなことがいいですね。

そして、1つうまくいったからと言って、いつまでもそれではダメです。

うまくいかなくなったら、次の視点…

そんなことをしているうちに、習慣化できたら、もう大丈夫。

習慣化するまでの間は、お母さんの時間と心のエネルギーを使ってしまいますが、それまでの頑張りです。

お子さんは、そうやって大人が一肌脱いでくれるかどうかを見ているような気がします。

やれやれ‼︎
だけでは、難しいようです。

2016年

11月

28日

何かを尋ねた時、1つだけ気をつけてほしいこととは…

結局、なんのかんの言っても、聞いてみるのが一番。
そして、うまくいくポイントは、答えを待てるかどうか。

待つことは、相手を信じていることの表れでもある。


早く宿題をやりなさい!
早く寝なさい!
いい加減、ゲームやめなさい!
帰ってきたら、まず着替えなさい!

ところが、そう簡単にやってくれたら、このブログを読んでいないですよね…

そこで、

「ねぇ、なんでやらないの?」

と、イライラを隠して、穏やかな風を装って聞いていませんか?

この質問は、お子さんを追い詰め、貝にしてしまうか、言い訳のレパートリーを増やすかになってしまいがちです。

では、どうするか?
不機嫌さがバレても構いません。
落ち着いて、一呼吸置いてから、

「どうしたら、やるの?」

と聞いてみてください。

と、ここまでは、このブログで何度か書いてきた、質問をしているフリをして相手を責めないヒントです。

今日は、どんな質問でも、大事にしてほしいことを書きます。

それは、相手に質問したなら、待つことです。

質問で、相手を責めたくない、追い込みたくない、この質問には、どうせ答えられないのだろう、と質問をかぶせていませんか?

相手から、
「どういう意味?」
とか、
「わからない」
とか、答えが返ってきてから、次の質問をすればいいのです。

相手の答えを待たずに質問をかぶせると、言い訳のレパートリーを増やすか、貝にしてしまうかになります。

反応を黙って待つ姿勢は、相手への信頼感の表れでもあります。

質問は、一発勝負ではありません。
あれこれ試していいのですが、答えが返ってこないうちから、質問をかぶせると、答えられません。考えも深まりません。

ぜひ、反応を待ってみてください。

2016年

11月

29日

吉祥寺のキラリナにあるスタバで見ていて、わかっちゃったこととは…


たとえ親子でも、きっと別々の宇宙を持っている…

そんなこと、当たり前だと思うかもしれない、もしくは、そんなはずはない!と腹が立つかもしれない。

どちらにせよ、これを時々、思い起こすことは、お母さんの肩の力を抜くチャンスになる。


私は、駅でぼんやり人の流れを見ているのが好きです。
吉祥寺に詳しい方ならわかると思いますが、キラリナにあるスタバのガラスぞいの席に座ると、コンコースを行き交う人達がたくさん見えて、なかなか勉強になります。

お〜こんな着こなしがあったか〜
おや…この二人の関係は、怪しいなぁ…

まぁ、全て余計なお世話ですが、仲良く手をつないでいる初々しいカップルだって、グズって座り込んでいる我が子にイライラを隠さないお母さんだって、何をするでもなく、ベンチに座っているようにみえるおじさんだって、一人一人の心の世界は、別々にあるんだろうなぁ…と想像すると、とても楽しくなります。

「親子でも違うんですね〜」

お母さん方の話を伺っていると、よく出る話です。

ある意味、当たり前のことです。
逆に私の子なんだから、こうに決まってる!とイライラされる方もいることです。

お母さんにとってのお子さんは、特別で、格別で、愛情なんて、簡単な言葉では言い表せない関係だと思います。

ですから、言葉にしてしまえば、当たり前の
「親子でも違う」
ということは、時々、あえて意識することで、

「そうか…まぁ、いいか」

と肩の力を抜くチャンスになるようです。

違う宇宙を持っていても、えっ?というタイミングで重なることもありますね。

それは、とても幸せな時間だなぁ…と思います。

2016年

11月

30日

「えっ?こんなことが…」心のモヤモヤをスッキリさせるヒントとは…


心のモヤモヤをどう解決するか?

モヤモヤのままにしておく。


どういう理由であれ、心の中にモヤモヤが湧いてくることがあります。

自分の心の中にモヤモヤがあるのは間違いない。
けれど、何に引っかかっているのか、誰についてモヤモヤしているのかも、ハッキリしないこともあります。

たぶん、この人に、こうされたこと、言われたことがきっかけだろうな…

と思っていても、実は全然違うことに引っかかっているかもしれません。

そういう時は、モヤモヤにしておくことが、いいと思います。

モヤモヤを相手に表現することも大事ですが、まず、モヤモヤの正体が見えないなら、熟成すると、モヤモヤの正体が見えてきます。

ある時、私がその時のクラスについて感じていたモヤモヤの正体が、なんと自分の疲れだったことに気づき、愕然としたことがあります。

誰々が宿題を忘れる…
算数の成績が…
漢字テストの出来が…

とりあえず忘れて、その週は早く帰って、早く寝ることにしました。

すると、翌週はモヤモヤしていなかったのです…
いえ、宿題を忘れる子もいましたし、算数の成績が急に上がるわけもありませんし、漢字テストの出来だって、そんなに変わりません。

が、不思議なモヤモヤは、なかった。

宿題をキチンと持って来るように、算数の成績がよくなるように、漢字テストの出来が改善するように、淡々とできることをやることができました。

あなたは、今、モヤモヤを感じていますか?

もし、感じているなら、不愉快ですが、それをお腹に抱いたまま、しばらく過ごしてみませんか?

逆に、スッキリするのが長続きすると思います。

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