2016年

1月

01日

計画は細かくなるので要注意。そこで、年の初めにオススメのことがあります!

年の初めのヒントは、

 

「テーマ」を決める

 

 

明けましておめでとうございます。

昨年は、このブログを読んでくださり、ありがとうございました。

今年も、心をこめて、記事を書いてまいります。

どうぞ、よろしくお願いいたします。

 

さて、今日は元旦。

一年の計は元旦にあり、とも言いますし、お子さんに今年の計画や目標を立てるようにお話しした方もいらっしゃるかもしれません。

 

私も教室で、始業の日に、今年の目標を立てよう!という活動をしたことがあります。

すると、

 

・あれもしたい、これもしたい、と盛りだくさんになってしまう…

・もっとできそうなのに、こんなもんでいい、と控えめになりすぎてしまう…

 

などのようなことも、よくありました。

 

確かに目標は必要。

でも、あまりに細かすぎるのは要注意。

 

ということでしょう。

 

そこで、私は、「テーマ」を決めてみてはどうかと思います。

 

例えば、おおらかに、とか、明るく、とか、そういうことです。

しかも、覚えやすくするため、3つというのが個人的なおすすめです。

 

今年は、どんな一年にされたいですか?

湧いてきたイメージを短い言葉で3つ、考えてみることをおすすめします。

 

ちなみに、私の場合、です。

洋服が大好きな私にとって、明日は多くのショップで初売りが始まる大切な日です。

※伊勢丹新宿店は、3日からですので、お気をつけください…

 

そこで、今年はどんな服が欲しいかな、と考えてみました。

新年早々、カフェで、あれこれ考えた結果、

 

「エレガント・スタイリッシュ・シック」

 

という3つのテーマが自分らしいな、と考えがまとまりました。

 

考えの始まりは、お楽しみの洋服でしたが、このテーマは、自分の生き方、大切にしたいこと、としても同じだな、と気付きました。

 

エレガントで、スタイリッシュで、シックな毎日を過ごしていこうと思います。

本年も、どうぞよろしくお願いいたします。

2016年

1月

02日

昨日は元旦、今日も元旦、来月も元旦…にできる心の持ち方とは。

本当は、いつでも新年にできるのかもしれない…

 

心に区切りをつけるチャンスは、思い立ったが吉日。

 

 

昨日の記事では、年の初めに、あまり細かい計画を立てすぎずに、「テーマ」を決めてはどうですか?と、ご提案しました。(こちら

 

さて、その後、ブラブラとすっかり人の減った街を散歩していて、思いついたことがあります。

それは…

 

〜新年や年度の変わり目に、新しい自分になる心の区切りをつけやすいならば、心の持ちかた一つで、いつでも新しい自分になる区切りをつけられるのではないか〜 

 

ということです。

 

人の数も減り、車の数もぐっと減った街は、「年末年始らしさ」を醸し出してはいます。

が、私の場合、今年は、 なんだかお正月っぽい印象を持ちづらいのです。

それは、年を重ねて子どものような心のワクワク感が減ったのかもしれませし、暖冬の影響もあるかもしれません。

 

いずれにせよ、

 

「よし、今日が大晦日。明日からは、私にとって新しい年だ!」

 

と心の中で意味づけをしさえすれば、気持ち良く、次に向かうことができるのではないでしょうか。

 

私は、今までで一度だけ、年度の途中で担任を引き継いだことがあります。

子ども達は、新しい学年が始まれば、先生が変わることには慣れていても、学年の途中で変わるということには慣れていません。

 

学校としてのカリキュラムや大きな理念はあるにしても、毎日の細々したことは、担任によって、けっこう違うものです。そして、そういう細かな違いが、子どもの生活を混乱させてしまうのです。 

 

ですから、私は大いに緊張感を持って、交代初日を迎えたことをよく覚えています。

そんな中で、私は、

 

「今日から新しい学年」

 

という感覚で、過ごしました。

そして、毎日の生活や学習のリズムは、そのまま維持していきました。 

 

年の初めに、気持ちが改まるのは、自然なことです。

にもかかわらず、3日たち、1週間たち、1ヶ月たつと、なんだか、いつもに戻っている…

なんてこともあると思います。

 

たとえそうなっても、今日が大晦日とか、今日が元旦とか、自分なりに区切りを入れてしまえば、また、一年の計は元旦にあり…にできるわけです。

 

「今年こそ!」

と力むことなく、いつでも変えられる、という軽い気持ちでいることも、大切ではないかと思います。

2016年

1月

03日

エレガントとは、例えば言葉を減らすこと。言葉の定義は自分で決める。

自分で、定義を決めてみる。

 

私なりのテーマを決めてみた今年。

今日は、それがいったい、どんなことを意味しているのかを自分なりに決めてみたいと思います。

 

「エレガント・スタイリッシュ・シック」

 

それぞれの言葉は、わかったような、わからないような言葉です。

なんとなく、こういうことかな…

という、ある程度の曖昧さが大切ではありますが、もう少し深掘りすることも必要です。

 

まず、エレガントについて、考えてみます。

「エレガント」という言葉をネットで検索してみました。

 

すると、

・落ち着いて気品のあるさま

・優美なさま

※デジタル大辞泉より

 

とのことでした。

 

では、落ち着いていて、気品があって、優美な毎日とは、どんな毎日なのでしょうか。

子育て、教育という観点で、どんな毎日なのでしょうか。

それを、より具体的に定義していくことで、より、「その人らしさ」が表れるでしょう。

そして、その「らしさ」には説得力があるので、子どもも素直に聞きやすくなります。

 

私の場合は、

・言葉の数を減らす

・声を荒げるポイントを厳選する

・丁寧な言葉を使う

・自分の価値観を「自分の」として、心の区切りをつける

というようなことでしょう。

 

単に「エレガント」と言ってしまうと、まるで、タキシードでも着て、体育の授業もやってしまうようなイメージになりかねません。

 

自分なりの大きなテーマを決めた後は、それが自分にとって、どのようなことを指すのか、定義をしっかりする必要があると思います。

 

ちなみに…

今日は、新宿伊勢丹の初売りの日でした。

ここ何年も、お祭り気分で列んでいたのですが、「エレガントで、スタイリッシュで、シック」ということを考えた時、毎年のことだから、というだけで並ぶのは、どうなのか、と思い、結局、行きませんでした。

 

しかも、伊勢丹の場合、初売りの目玉は、福袋のみ。

テーマを決めておくと、迷った時に決める基準にもなりそうです。

2016年

1月

04日

今日はなんと!ピンクの話から導く、その子らしさを引き出すヒント。

スタイリッシュであるとは、その人らしさを受け入れること。

それぞれのらしさ、強みも弱みも認めることで、魅力が増すのではないでしょうか。

 

 

昨日、私なりの「エレガントさ」について、記事を書きました。

今日は、「スタイリッシュ」について考えてみます。

 

スタイリッシュとは、デジタル大辞泉によると、

 

「流行に合っているさま・いき(粋)」

 

とのことでした。

 

これは、私が思っていたことと、ずいぶん違っていました。

 

「スタイル」は、その人のスタイル、容姿やあり方などを意味していて、だから、スタイリッシュとは、それぞれの人のスタイルをよく表したり、強調したりしていることだと思っていたのです。

 

ということで、辞書の意味通りでは、私の大切にしたいことと違うので、いきなりテーマ変更の危機なのですが、昨日の記事で、「定義は自分で決める」とご提案した以上、今日も心置きなく、自分なりの「スタイリッシュさ」を書かせていただこうと思います。

 

私は色白で、それが本当に嫌でした。

女性ならまだしも、「男のクセに〜」と、言われるのも嫌でしたし、何より、自分が一番、そんな自分を嫌だと思っていました。

 

そう考えると、「女性ならまだしも」という言葉も、無用心なものです。

女性だって、いろいろな考え方があります。

実際、私がかつて担任していた女の子は、色白な自分が嫌で嫌で、とにかく日に焼きたい!と、しょっちゅう口にしていたことを思い出します。

 

同じようなことは、いくつもあるでしょう。

例えば、身長です。

私は、小学校6年生の時、160cmそこそこで、それなりに大きい方でした。

が、それは、本当に嫌なことでした。

 

親戚には、「楽しみだなあ〜」と、よく頭を撫でられたものですが、当の本人は、人と違っていることや、人の目が自分に向くことが、嫌で嫌で、仕方ありませんでした。

 

それが、今となっては、176cmでピタリと止まり、「あとせめて4cmあったらなあ〜」とボヤいているのですから、ご都合主義ですね。

 

こんな話を子どもにすると、背の低い(と、本人が決めている)子は、「そんなのうらやましいよ〜」と言うのです。

 

だとすると、自分でどうにもできない、自分なりの容姿や個性、才能を早く受け入れて、いいものを活かすようにした方が、「トク」なのではないでしょうか?

 

私にとって、そう切り替えるきっかけになったのは、ある方から送られた「ピンクのワイシャツ生地」でした。

 

この生地は、私にとって、「お仕立てのワイシャツ」というだけにとどまらないギフトでした。

 

・色白の私には、ピンクが合うのではないか。

・ピンクは女の子の色、そんなのは勝手な決めつけではないか。

・自分の体型にキチンとフィットさせることで、かえってスリムに見えるらしい。

・生地を送って、あとは相手に合ったものにしてもらう、というプレゼントがあるなんて、素晴らしい。

 

この経験が、私にとって「スタイリッシュさ」の重要性を強く意識させることになったと思います。

 

・太って見られたくないから、太めのものを選ぶ。

・色白なんて嫌だから、無理やり、日焼けする。

 

それは、私にとって、スタイリッシュさのない、「無粋な」ことです。

まだまだ途上の私ですが、さらに「自分らしさ」を認めて、スタイリッシュさを目指していこうと思います。

2016年

1月

05日

読モJKから学んだ、「らしさ」を活かすヒントとは…

「ありのまま」は、難しいけど、やっぱり、「ありのまま」を認めたい。

それが、「シック」なのではないでしょうか。

 

 

「シックな装い」

 

なんとなく、いい響きです。

今年のテーマを考えていた時、品が良くて、それでいて、派手ではなくて…

 

そんな言葉を探していた時、出てきたのが、「シック」という言葉でした。

さっそく、調べてみると、

 

・上品な

・あか抜けした

・落ち着いた

 

などの意味のようで、これは、イメージ通りでした。

 

さて、それを子育て・教育に当てはめてみると、どうでしょうか。

そんなことを考えていた時、タイミングよく、一人の卒業生が遊びに来て、大きなヒントになる話をしてくれたので、ご紹介します。

 

 

すっかりあか抜けして、女子大生らしくなった彼女が高校生の時、自称「読モ」(読者モデルのこと…ご存知でしたね…)という同級生がいたのだそうです。

 

その「読モ」は、芸能活動禁止の厳しい学校に通いながらも、SNSに自撮り画像を上げ続け、自称「芸能活動」の様子やら、ボーイフレンド(死語かな…)との写真やらも、どんどん出していたということでした。

 

まあ、それだけなら、今時の高校生ならよくある話だと思います。

とはいえ、何年か経った今でも、それらの画像が簡単に出てきてしまうのが、ネット時代の恐ろしいところです。

 

卒業生の彼女は、私に、その「読モ」の画像を見せてくれました。

 

パッと見た時の私の感想…

それは、ほ〜さすが、かわいいなあ…でした。

 

「さすが、読モだけあって、かわいいね」

 

と彼女に言った私でしたが、彼女は、

 

「本当にそう?」

 

と言って、次々と画像を見せてくれました。

 

見ていくうちに、同じポーズ、構図、メイク、表情…

だんだん、「お腹いっぱい」になってきました。

 

1枚目こそ、かわいいねえ〜と言いましたが、10枚も見せられると、率直に言って、痛々しくて、見て入られませんでした。思わず、

 

「もういいよ〜見たくないから」

 

と彼女に言ってしまいました。

 

もちろん、その子は魅力的なのでしょう。

男の子が放っておかない何かもあるのでしょう。

 

しかし、スマホのさほど大きくない画面からでも、私には、その子の無理ながんばり…自信のなさをメイクや、彼氏や、男友達や、芸能活動…で、「盛っている」様子が伝わってくるように思えたのでした。

 

これは、「シック」じゃないなあ…と私は思いました。

 

自分らしさをより輝かせるために、努力をすること、何かを身につけることは、大切だと思います。

しかし、単なる劣等感の裏返しによる、「盛り付け」だった場合、いわゆる「張りぼて」として、いずれ剥がれ落ちてしまうのでしょう。

 

私たちは、子ども達の弱いところやダメなところにフォーカスを向けてしまいがちです。

どうしても、悪いところ、気になるところの方が目立ちますし、それを「改善する」努力には、大いに価値があるように思えてしまうと私は思います。

 

気になるところを「なかったことにする」のではなく、まずは、得意なところを伸ばして伸ばして、認めて認めて、子どもに自信を持たせることが、スタートなのかな、と感じました。

 

流行り言葉の「ありのまま」を心底認めることは、結構、難しいことです。

が、何とか、「ありのまま」を認められたら、自信につながるだろうと思います。

 

2016年

1月

06日

LINEの返事が遅いと不安になるあなたへ。そんなものかもしれません。

LINEの返事が遅いのは当たり前。

子どもへの言葉を子どもがスルーするのも当たり前。

もしかしたら、そんなに悪くとらえなくても、いいのでは?

 

 

LINEなどでのトラブルをきっかけに、重大な事件につながる事例が話題になったことがあります。

私の勤める学校では、携帯電話の持ち込みを認めていますが、使い道をご両親やおじいちゃん、おばあちゃんなど、いわゆる保護者の方との通話のみ、と決めていますから、そんな大きなトラブルに出会ったことはないのですが、便利になった分だけ、トラブルもついてくるなあ、と思います。

 

とはいえ…

私が高校生の頃は、おませな人がポケベルを使い、大学生になると、PHSを持つようになり、するとすぐに携帯電話を持つようになりました。

 

私のポケベル時代は、とても短かったのですが、あの時は、コールバックがすぐになかったり、ポケベルのごく短文メッセージがすぐにこなかったりしても、そんなにイライラした記憶はないのです。

 

何しろ、外出先なら、公衆電話に並ばなくてはならなかったのですから、そんなにすぐに反応がなくて当たり前だったのでしょう。

 

しかし、PHS以降は、リアルタイムにメッセージのやりとりをできるようになりました。

授業中でも、教科書やノートに隠してメッセージなど、簡単にできるようになってしまったせいで、反応がすぐにこないと、拒否された、無視された、と受け取ることも出てきたようです。

 

落ち着いて考えれば、電波の悪いところにいるのかもしれませんし、そもそもメッセージなどに気づいていないのかもしれません。特に何でもないのに、

 

「拒否された」

「否定された」

 

と反応していては、相手にしてみれば、たまったものではありません。

嫌いでなかったのに、結局、どんどん嫌いになっていく…

それが正直なところかもしれません。

 

逆の見方をすれば、すぐに反応が欲しい、それぐらい自分のことを大切に思って欲しい、認めて欲しい、ということなのですね。

 

素直にそうも言えない上に、自信がないことで、

 

「あいつは、私のメッセージを無視した」

 

という「攻撃」になってしまいます。

 

こういうことは、LINEやメールに限らず、実際の(リアルの)人間関係でもよく起こると思いませんか?

 

大人同士のトラブルも、実は、

 

「認めて欲しいのに、自分の期待通りに認めてくれない」

 

というところに根があることが多いような気がします。

 

LINEの返事が遅くたって、もういい。

だからと言って、嫌われているとは限らない。

もし、嫌われているなら、どうせ向き合わなくてはならないことなんだから、気付けてよかった。

 

と思えれば、相当、楽になれると私は思います。

 

私の場合、LINEの返事でイライラすることは、あまりありません。

でも、気をつけないと、毎日の教室では、自分の投げかけたことが子ども達に届いていないのでは?流されているのでは?と不安になることは、あります。

 

そんな時、焦って、言葉を重ねると、どうもうまくいきません。

ぐっとこらえて、黙って待っていると、誰か1人が私の言葉を受け止めた様子を示してくれるのです。

そこまで待てるかどうかが、私の場合、自分の調子のバロメーターのようです。

 

LINEの返事は遅くて当たり前。なくても仕方ない。

子どもへの言葉は無反応で当たり前。反発されても、よくある話。

 

言い方や伝え方の上手い下手より、伝え手が真剣なら、相手に伝わっているのだろうと私は思います。

2016年

1月

07日

現役小学校教師がオススメする試験前に用意したい意外な料理とは…

入試シーズンが近づいてきました。
試験前にオススメの料理とは…

私のオススメは、

「いつものご飯とお味噌汁、いつものおかず」


え?
トンカツじゃなくて?

はい。
私は、いつも通りの料理がイチバンだと思います。

自分らしさが自然と出てくるのは、結局、いつも通りの、いつもの場所ではないでしょうか?

私も、「なんでこんな間違いしたんだろ?」と思ってしまうようなことがあります。

例えば、あまり慣れていない土地だと、妙に意識が高まるのか、あまり探しもせず、ヘンな喫茶店に入って後悔する…なんてことが、よくあります。

二度、三度と、その土地を訪れると、もう、そんなことはありません。新しい店を開拓しても、落ち着いていられます。

要は、平常心こそ、強さのコツだと思うのです。

「いつも通りに、いつものことをやっておいで。結果はどうでも、大丈夫だから」

という安定感は、お子さんに力を発揮させる土台になると思います。

だからこそ、大事な時ほど、「いつものお母さんの料理」を私はオススメするのです。

特別なごちそうは、お正月とクリスマスとお誕生日と、あとは終業式の日ぐらいにしておいてはいかがでしょうか?


2016年

1月

08日

「先々、困るわよ!」と、よくお子さんに語るお母さんへのメッセージ

前もって、手を打たなくてもいい。

先々を考えて、早め早めに手を打てる人こそ…
できる人!
という考えがあるかもしれません。
それも、確かに大切な要素の一つではあると思いますが、私個人の考えでは、むしろ、懸念材料の一つでもあります。
例えば、子どもに勉強をさせたい時、将来、困らないために、とか、将来、役に立つから、というストーリーを語ることがよくあると思います。
私が接してきた子ども達の反応から察すると、それは、あまり子どものやる気にはつながらないようです。
そんな何十年も(少なくとも彼らの感覚では…)先のことより、「今」なのです。
今、ふさわしいこと、必要なことに専心する積み重ねが未来につながっていると言えるのではないでしょうか?
「今日」を生きるから、「明日」がある。
「未来」から逆算するのではなく、「今」どうすべきか、という観点を持っていないといけないと思います。

2016年

1月

09日

お母さん!お子さんがうまく話せなければ、代わりに言ってあげていいのではありませんか?

うまく説明できない時は、お母さんが代わりに言葉にしてあげる。 


特に低学年の男の子のお母さんに言われることが多いこと。 

「ウチの子、何を言ってるか、ちっともわからないんですよ。」 

同感される方もいらっしゃるでしょう。 
しかし、 

言いなさい! 
言いなさい! 

とお子さんにハッパをかけたところで、なかなか簡単ではないことが多いようです。 

お子さんがお母さんに話をしたがらないのには、いくつか理由があると思います。 

例えば、叱られなくない、痛くもないハラを探られたくない、というような理由を考えてみます。 

お母さんが責めている気持ちは全然ないのに、子どもは子どもで、どうせ責められる!と勝手に不安がっていることも多いですね。 

また、言いたくないわけではないけれど、どう言っていいか、わからないこともあります。 

とすると、お母さんとしては、この子の国語力は大丈夫!?と、別の心配が沸き起こり、その日、学校であったことを話させようとしすぎることになる場合があります。 

理由はどうあれ、お子さんが学校での出来事や、家庭などでのトラブルについて、言いたがらない時は、まず、 

「何かあったように見えるけど、どう?」 

と確認してみるのをスタートにしてみてはどうでしょう? 

「何かあったでしょ!」 

では、決めつけになります。 

「何かあったように見える」 

というのは、お母さんの主観であって、お子さんが、ではありません。これだけでも、グッと話しやすくなるように思います。 

それでも黙ってしまったなら、 

いくつも例を挙げて、こういうこと?と確認してみてはどうでしょうか? 

イエス、ノーで答えられる質問には、答えやすいです。 

コーチングでは、オープンクエスチョンといって、いろいろな答え方ができる質問をよく使うのですが、語りたがらないお子さんが相手なら、初めは、イエス、ノーで答えられる質問からスタートした方が、安心してもらえると私は思います。 

最近は、メールやらラインやらのおかげで、学校であった出来事が、お母さん方の間に広まるのが、どんどん早まっています。 

帰宅したお子さんが自分から言ってくれれば、まだ安心できても、何も言わずにいられると、不安になったり、場合によっては、イライラしたりするのも、当然かもしれません。 

お母さんの不安やイライラを早く解消するためにも、初めはお子さんの気持ちを代わりに言葉にしてあげると、お互いにスッキリなれるのが早まるように、私は思います。 

2016年

1月

10日

復習よりも予習?基礎よりも応用?どっちなの!?

〜お知らせ〜
今日から、音声メッセージの配信を始めました。
アンソレイユでは、毎週日曜日の夜に、自分らしさを活かすためのメッセージをお送りしてきましたが、このメッセージを音声でお送りしてみることに挑戦してみようと思います。
今日の発行は、もう済んでいるのですが、もし、ご希望の方がいらっしゃいましたら、下のリンクからご登録ください。できるだけ早く、今日のメッセージをお送りします。
「自分らしさ」を活かすメッセージ 登録はこちら
さて、今日の記事です。

 

 

予習と復習では、復習が大事ですが、予習の方がいいこともある。

基礎と応用では、基礎が大事ですが、応用の方がいいこともある。
授業の時は、何となくわかった気になっていても、実は身についていないということは、よくあります。
ですから、焦って先取りばかりしないで、その日、学んだことを少しでもいいから、復習することが大事です。
一方で、何事も先にわかっていないと不安がる子には、予習が安心材料になることがあります。
心配性な子なら、その心配なポイントを解決してあげることで、安心して取り組めるのです。
さて、同じように考えた時、基礎と応用では、基礎が大事だと思いますが、中には応用から入った方がいいこともあると私は思います。
できないことへの不安感がなく、むしろ、やりたい!できるようになりたい!と、ある意味、落ち着きのないような子の場合、初めに難しい問題に挑戦させてあげることがやる気を引き出せることがあるようです。
そうなると、もちろん、初めは基礎的な部分の取りこぼしが生じることもあるでしょう。
ただでさえ、落ち着きがないのですから、簡単な問題を間違えることも目につくかもしれません。
それでも、応用問題にやる気を感じているなら、応用問題を多めにしてもいいのではないかと思います。やる気が持続することは、とても大事だと思います。
子育てや教育には、いろいろな考えがあり、いろいろな前例があります。お子さんにとって、何がいいのか、それは、「今」のお子さんをよく見るしかなさそうです。

2016年

1月

11日

そうか!全ては、よく思われようと思うからか!友達とうまくやるための極意とは…

そうか!

全ては、よく思われようと思うからか!
人の目は、所詮、人の目。
人から認められたいと、あなたは思いますか?
私は、もちろん、そう思います。
一方で、人に認められるために何かをしようと思うと、そこに意識が向いて、自然さがなくなるようにも思うのです。
人は人。
教室で、子どもたちによく言います。
あなたも、お子さんにそう話されたことがあるかもしれません。
でも、人に認められたければ、その「人」の目を意識しなくてはなりません。ここに矛盾が生じます。
子どもたちだって、認められたいのですね。
もちろん、本当は、まずお母さんに。
そして、低学年なら特に、先生に。
さらに中学年になれば、友達に。
ですが、その思いが強すぎると、過剰な適応…期待に応えようとしすぎて苦しくなることがあるようです。
私と一対一で話している時に言っていることと、友達集団になっている時に言うことに、けっこうな違いがあることがあります。
おや?
と思い、また一対一で話してみると、
「嫌われたくないから、ああ言っておかないと…」
と話してくれることも、よくあります。
確かに、人間関係をバランスよく維持するためには、多少の我慢は必要ですが、
「嫌われたくない」とか
「怖い」とか
の言葉が出てくる時は、ホンネを受け止めてあげる必要のある時なのだと思います。
二枚舌は、結局、人から信頼されません。
たとえ一人になってしまっても、ホンネをぶつけなくてはいけない時がある。
そんな時は、子どもたちに大きな心の負担がかかっています。
お母さんとしては、傷ついたり、悩んだりしているお子さんを感じて、不安にもなると思います。
すると、つい、細々と聞き出したくなることもあると思います。
が、それでは、お子さんがホンネを言わなくなるかもしれません。
そんな時は、逆に
「人によく思われなくたって構わない」
と言ってあげると、子どもが楽になれるかもしれません。
その強さが、友達とうまくやるための極意なのかもしれません。
結局、ホンネに正直に生きている子は、友達に一目置かれることになっているようです。
もしかしたら、大人もそうかな、と思います。
気づかいをし過ぎるから、軽んじられる。
ホンネに正直だから、大事にされる。
結局、自分次第なのかもしれません。

2016年

1月

12日

正答率最高でも50%…本心って、伝わっていないものです。

もしかしたら、思っているよりも、相手は悪く思っていないかもしれません。


最近の国語の教科書は、コミュニケーションについて考えたり、実際にやってみたりする内容が入っています。

その中で、例えば、「大丈夫?」というような言葉でも、発する人の気持ち次第では、聞き手の気持ちを害したり、いい気持ちにしたりする、ということを考えました。

そこで、あることをやってみたんです。

・心から心配して、言葉を発する
・義理で、仕方なく、言葉を発する
・ちょっとバカにして、言葉を発する
・見下して、言葉を発する

これらのうち、どんな気持ちで言葉を発するか決めて、みんなの前で、やってみます。

それを聞いて、他の子たちは、どんな気持ちで言葉を発したかを当てるのです。

やってみた結果は、どんなによくても、半分ぐらいしか当たらなかったのです!

心から心配して言っているのに、「ちょっとバカにしてる!」と思われたり…

「義理で言っただけだよね?」と思ったけれど、実際は、心から心配していた…

そんなことがたくさん出てきました。

そこで、みんなで考えたのは、

「あの子、オレのこと、バカにしてる!」
「どうせ、みんな、私のこと、悪く思ってる!」

と思えても、思ったよりも、人は自分を悪くは思ってないものだ、ということです。

もちろん、子どもも気を使いますから、義理でお世辞を言ったり、腹を立てれば、皮肉を言ったりもします。

弱みを見せまいと、強がって、ホンネと違うことを言う子も多いです。

もしかしたら、思ったよりも、人は自分を悪くは思っていないかもしれません。

そして、それは大人も同じなのではないかと思います。


2016年

1月

13日

お母さん、今までとは、ずいぶん違うかもしれない「自信をつけるヒント」とは…

全ての基盤が自信

だからこそ、何かが「できない」ことを認める。

 

 

職場の同僚が、とあるテレビ番組を見ていて、学級崩壊するクラスの特徴は、あるものがないことだ、と語っている先生を見たそうです。

 

何がないことだ、と思いますか?

 

私は、まず、夢だと思いました。

すると、同僚は、首を振りました。

 

では…自信!?

 

今度は、「そう!」と言ってもらえました。

 

自分を信じられないから、荒れてしまう。

ちょっとした失敗や否定が、自分全ての失敗や否定に思えてしまう。

どうせ自分は…と思っているから、素直になれない。

 

学級崩壊ほど、大きい問題でなくても、子どもに自信をつけてあげたい!と思われている方も多いでしょう。

 

自信を持っている子は、ゆとりがあるので、人間としての魅力も滲み出るものです。

友達も集まってくるでしょう。

 

さて、では自信を持ってもらうために、どうするか…

 

できないことを練習して、練習して、克服して…

 

そうなっていませんか?

 

できないことを練習して、練習して、克服した結果、自信がつく、なら、できないことが見つかるたびに、自信がなくなることになります。

 

やっと、何かを克服した時には、また新しくできないことや苦手なことが見つかってしまいます。

永遠の堂々巡りです。

 

であるならば、自信をつけるための秘訣は、

 

「できないことを認める」

 

ことです。

 

これができなくて、あれもできないけど、自分は大丈夫。

 

こう思えたら、強いです。

失敗の恐れなく、前向きにチャレンジできます。

 

全ての基盤が自信であるならば、

 

「できない」こともあっていい。

 

という気持ちで子どもの心を整えていきたいものです。

2016年

1月

14日

思っているより、お子さんのことを信用していいのかもしれません。

思っているより、お子さんのことを信用していいのかもしれません。

 

 

今日の記事は、もう、そのままです。

お母さんが思っているより、お子さんのことを信用していいのかもしれません。

 

もちろん、心配、心配、と言いながらも、お子さんのことを信用なさっていると思います。

とはいえ、毎日を過ごしていると、思いもよらないトラブルを起こしてきたり、

予想だにしない嘘をついていたり、その信用をぐらつかせる出来事もあるものだと思います。

 

実際、私も教室で、信頼していたにもかかわらず、嘘をつかれたこともありますし、

約束を破られたこともあります。

 

それでも、私はやっぱり、信用した方がいいな、と思っています。

失敗することも含めて、多少の嘘をつかれることも含めて、

「まあ、うまくやるだろう」と緩やかに信用していた方が、

何より、自分の気持ちがいいことに気づいたからです。

 

有名な心理学の理論の1つに、ピグマリオン効果というものがあります。

教師期待効果とも言うそうです。

サンフランシスコの小学校で行われた実験の結果、導かれたことは、

実際に知能の有意差がないにもかかわらず、

「この子はこれから成績の伸びてくる子」

と教師に伝えた子どもは、実際に成績が伸びる傾向にあったということです。

 

この実験には再現性がない、とか、教師の依怙贔屓ではないか、などの批判もあるようですが、

もしある程度でも当てはまるなら、期待した方が得と言ってもいいかもしれません。

 

私の場合、期待、というよりも失敗なども含めた広い意味での信頼、という言い方の方が、気持ちに近いのですが、もっと信用していいな、と思っています。

2016年

1月

15日

お子さんに「心配しすぎ!」と言われた時の処方せん

「もう、心配しすぎ!」とお子さんに言われたら…

 

1.自分が子どもだった時の気持ちを思い出してみましょう。

 

2.子どもの都合を考えてみましょう。

 

 

教室で子どもたちと話していて、お母さんの話になると、よくあるのが、

 

「ウチのお母さん、いつも、しつこく心配してくるから、イヤ!」

 

ということです。

 

一生懸命なお母さんです。

お子さんのことが気になるあまり、細々、話を聞きたくなってあたりまえだと私は思います。

 

とはいえ、子どもの立場に立てば、しつこく言われたのでは、素直に言いたくなくなるのも理解できます。

 

「あ〜あんまりしつこく聞くまい、聞くまい」と思っているのに、つい聞いてしまうご自身を何とかしたいと思われるのなら、

 

まず、ご自身が子ども立った時のことを思い出してみませんか?きっと、一度や二度は、

 

「お母さん、しつこいな!」

 

と言いたくなった(言ってしまった)ことがあるのではないでしょうか?

 

大人は、子どもだった時の気持ちを、覚えているようで、覚えていません。

自分だってかつては子どもだったのですから、子ども時代の気持ちを思い返すだけでも、気持ちを収めるチャンスになるでしょう。

 

次に、子どもの都合を考えてみることです。

 

友達のことを言いたくない、大きな揉め事にしないでほしい…

 

など、子どもには子どもの都合があるものです。

ダメなものはダメですが、もう一言、かぶせる前に

 

「この子にも、いろいろあるんだろうな…」

 

とワンクッション置くことができれば、お子さんが素直になれる可能性も広がると思います。

やはり、自分の気持ちを察してくれると嬉しいものです。

それは大人も子どもも、同じでしょう。

 

「もう、お母さんったら、しつこい!」

 

という言葉は、子離れ・親離れの1つのサインかもしれません。

であればこそ、ご自身の過去を振り返り、また、今のお子さんの気持ちや状況を察してみることが重要だと思います。

 

2016年

1月

16日

前もって伝えることで、安心できる

前もって伝えることで安心できる。


サプライズのプレゼント…
お好きですか?

送られること以上に、サプライズで相手を喜ばせるのが好き、という方もいらっしゃると思います。

プレゼントなら、サプライズもいいのですが、お子さんによっては、突然の予定変更は、大きなストレスになることもあるんです。

ストレスというより、不安のタネといった方が、正確かもしれません。

お母さんにとって、なんでもない変更が、お子さんにとっては、とんでもない不安の原因になるのです。

例えば、1時に出るよ、と言っていたのに、お化粧が間に合わず、1時半にするよ、と言ったとします。

そんなたった30分の変更が、不安のもとになるのです。

学校では、授業の変更や予定の変更は日時茶飯事ですが、前もって伝えておくことで、ずいぶん、落ち着きが出てくるのです。

心の準備…

思っているより、意味がありそうです。

2016年

1月

17日

子どもの少ない今だからこそ!少人数で、大切に育てる?大人数で、もまれて育てる?

子どもの少ない今だからこそ!

・少人数で、大切に育てる?
・大人数で、もまれて育てる?

どっち!?


ベネッセの教育情報サイトに、
「少人数クラスで、子どもも保護者も安心?」
と題した記事が掲載されていました。

山形県や大阪府のデータによると、遅刻や不登校が減少した、とのことで、現在は低学年時の少人数学級を高学年にも広げるべき!との意見が紹介されていました。

私個人は、この意見に賛成です。
私の勤務する小学校では、すでに24人学級を導入しています。

その効果は、必ずしも、目に見えるものばかりとは思いませんが、かつての40人学級時代とは比べられない程、子どもとの時間が濃密になったと、私は感じています。

であるならば、私の勤務する学校の受験者数は、激増してもよさそうなものですが、現実には、かつてと、あまり変わらない志願者、入学者数に安定しています。

それは、お母さん方の話を聞いてみると、

「こんな少子化時代に、一人っ子の我が子を、そんな温かい環境に置いたら、ダメになる」

という恐れがあるのだそうです。

なるほど!
そういう考えもできるわけです。

私は、人数の多少はともかく、小学生や幼稚園児のような時は、温かい環境で、目をかけられて育つことが、大きくなった時の芯の強さにつながると考えています。

小さいうちに、愛されているから、大きくなって、人を愛せるのではないでしょうか?

大学入試の考え方も、大きく変わろうとしている今、インターネットの普及で、まさに知識詰め込みの価値が大きく減っている今、私は、温かい環境を提供することの価値は増していると思います。

が、そうは言っても、受験社会を勝ち抜くために、ぬるま湯はダメ!と言いたくなるのも、理解できるわけです。

あなたはどう思いますか?
お子さんが自分らしさを発揮して、お母さん自身も、気持ちを明るく過ごせる毎日は、どんな環境でしょうか?

2016年

1月

18日

子どもの心に、温かい「意味づけ」というタネを植えてみませんか?

お母さん!

お子さんの心に、温かい「意味」を植えつけてみませんか?
きっと、明るい花が咲くと思います。
意味づけって、大切だと私は思います。
今日、私は学校からの帰り道、いつものスタバに入り損ねて、正確に言うと、狭い席が何となく嫌で、ドトールに入りました。
しかし、ドトールでも広めの席はいっぱいで、出入り口近くの、ドアが開くたびに寒風の入る、狭い席だけでした。
にもかかわらず、何となく、そこが気に入り、カフェラテを飲んだのですが、ふとその時、ミラノのバールで、エスプレッソを立ち飲みしたことを思い出してしまいました。
ちょっと狭いスツールに、半分腰かけたような感じでいたことで、ふと記憶が湧いてきたようです。
すると、三鷹のドトールが、ミラノの古びたバールになってしまったから不思議です。
こういうことは、学校でも、たくさんあります。
教科書を忘れた、とある男の子。
また叱られる〜とご機嫌斜めになりました。
というよりも、彼は、人一倍、自分を責めてしまうのです。
私は黙って見ていましたが、
「後ろの席に行って、あの子に見せてもらいな」
と言ってみました。
彼は、その子が好きだったんですね。
スッカリ気分も直り、授業にも落ち着いて、参加していました。
自分を責めてしまう嫌な出来事のはずが、好きな子とコミュニケーションのチャンスでもあったわけです。
また、私の勤める学校では「労作」と言って、学校をきれいに整備する活動があるのですが、そんな時、ゴミ拾いと言わずに、「鑑識活動だよ」と言ってみました。
「犯人の痕跡をチリ一つでも探さないと〜」
と話したところ、勝手に刑事役やら、鑑識役やらをやって、ワイワイ楽しんで、あっという間にゴミがなくなりました。
正直なところ、私自身も、前向きな時ばかりではありません。
明るく意味づけをできずに、イライラしてしまうことも、あります。
毎日、大忙しのお母さんなら、なおさら、そんなに理屈通りにはいきませんね。
5回のうち1回でも、10回のうち1回でも、明るく意味づけをできたら、お母さんの笑顔も増えるのではないかと思います。
お母さんの笑顔ほど、お子さんを力づけるものはないのです。
お母さんが笑顔で、お子さんの心に、温かい意味づけというタネをまけば、親子で明るくなれる花が咲くのではないでしょうか。

2016年

1月

19日

冷静になるために…いいところだけを探す

いいところだけを探す

それって、甘やかしではなく、気持ちを冷静にするための心の持ち方やヒントなのだと思います。


私は、毎日、子どもたちの前に立ち、授業をします。

すると、あの子、聞いてないなぁ〜という事実を突きつけられることも、大いに(!?)あります。

そんな時、気をつけないと、さらにネガティブなことを探してしまうものです。

まずは、もっともっと、子どもの気持ちを惹きつけないと!と焦る…

あるいは、その子にハッパをかける…

さらに、他に集中していない子が目に入り、誰に向かって言っているかハッキリしない注意をする…

などなど、どんどん「グダグダ」になってしまいかねません。

そこで、目がマイナス探しに向かうのをグッとこらえて、落ち着いて、「いいところ探し」をしてみます。

すると、集中している子を見つけることができます。

あるいは、話を聞いていない!と思っていた、あの子が、丁寧にノートを書いていたことを見つけることができます。

さらには、実は、大多数の子が、頑張っていることに気づくことができます。

そこまで視野が広まると、授業の立て直しも落ち着いてできます。

要は、「こりゃダメだ!」という時ほど、あえて、「いいところ探し」をすることで、気持ちがリセットされると私はご提案したいのです。

不安にかられて、焦って打つ手は、あまりいい結果を招かないと思います。

冷静さを取り戻すために、何かあったら、「いいところ探し」…してみませんか?


2016年

1月

20日

子どもに都合の悪いことを伝えるヒント

言う時は、結論だけをゆっくり言う。

 

相手を傷つけまい、とホンネをオブラートに包んでしまったり、

言うは言っても、あれこれ言い訳をつけてしまったり…

 

そんなことはありませんか?

 

私の例で言えば、宿題の量を今日は増やそうかな…と思ったとします。

でも、昨日もちょっと多かったし、かわいそうかな…などと思うこともあります。

 

そんな時は、増やすか、そのままか、の二択しかないのです。

お預かりしているお子さんの成長を考え、どちらかを選ぶしかないのです。

 

すると、やっぱり、やっておいた方がいいかな、と、宿題を増やす決断をすることになるでしょう。

そうしたなら、

 

「今日の宿題は、これと、これと、これです」

 

のように、結論だけをゆっくり、しかも端的に伝えなくてはいけません。

 

「え〜!」

 

という子ども達の顔や反応を想像して、

 

「本当は嫌なんだけどね、隣のクラスもそれぐらいだからさ」

 

と言い訳を付けたしたり、

 

「それぐらいできなくて、どうする!」

 

などと怒ってしまったりしては、子どもは素直に取り組めません。

 

また、負い目があると、言葉が早口になりがちです。

それも、子どもにとっては、やらなくてもいいかな、と思える要素になるようです。

 

子どもにしてみれば、都合の悪いことを言われるのは、そもそも嫌です。

それは当然のことです。

でも、言われるのは当然、とも子どもは思っているような気がします。

 

にもかかわらず、子どもが素直に動かないのは、

 

・本当にやり方がわからない

・やらなくてもいいと思っている

 

のどちらかです。

 

大人の言葉や態度に、いい加減さや自信の無さを感じると、子どもはやれません。

100パーセントの自信など、なかなかあるものではありませんが、

結論だけをゆっくり伝えることで、子どもには大人に自信があると感じられるようです。

ぜひ、あれこれ足さずに、結論だけを伝えてみてください。

2016年

1月

21日

静かにすべき時に、子どもを静かにさせるために、試してほしい、たった1つのこと。

静かにさせたい時ほど、自分の声を小さくする

とあるお母さんから、お話を伺っていて、
「こんなお母さんには、なりたくない!」と強く思っていたのが、
〜電車など、静かにすべきところで、子どもを怒鳴っているお母さん〜
だったそうです。
それなのに、ある時、怒鳴ってしまった自身に気づき、愕然とされた、と伺いました。
私は、「怒らない先生」ということを自称していて、それを言うたび、子どもたちは、
「ないない〜」
と笑うのですが、怒鳴りたくて怒鳴っている人は、表層の心理としては、いないのではないかと思います。(逆を言えば、一段、深い心理では、怒鳴りたくて怒鳴っているということでもあります…)
さて、静かにすべき時なのに、静かにしない我が子…
多くの人々は、そんなに気にはしていなくて、大変ね〜という眼差しなのだと思います。
が、うち、何人かは、
「しっかり叱ってよね〜」
とばかりに、悪意の感じられる眼差しを向けてきたり、あるいは、舌打ちでもして、嫌な感じを伝えてくるかもしれません。
そこで、気持ちが焦ると、余計に子どもは静かにならないのではないでしょうか。
学校でも同じです。
式典や礼拝(私の勤める学校はキリスト教主義なので、毎週礼拝があります)など、静かにすべき時に、教師が焦ると、さらに静められなくなってしまうのです。
そんな時は、落ち着いて、大人が声を小さく、できれば低くすることが大切です。
それだけで、ずいぶん、子どもの声は静かになります。
そして、自分の気持ちが落ち着きます。
ぜひ、試してみてください。

2016年

1月

22日

気持ちの切り替え上手は、友達作り上手

気持ちを切り替えることが上手な子は、友達作りも上手なようです。

 

では、切り替えのコツは?

 

 ・体を動かす

 ・待つ

 

ということだと私は思います。

 

 

 ひとたび、不機嫌になってしまうと、おさまるまで大変…

 

そんなご経験が、あるかもしれません。

 

当の本人が一番、辛いのですが、お母さんの立場でも、やはり辛いものでしょう。

 

 

 

「正直、めんどくさいです…」

 

 

 

とおっしゃったお母さんもいらっしゃいました。

 

 

 

早く気持ちを切り替えることは、とても大事なことだと思います。

 

 

さて、では、どうすればいいか。

 

一つには、体を動かすことです。

公園など、広い所に行くのが一番いいですが、そうもできないことの方が多いでしょう。そうであれば、室内でのちょっとしたおふざけでもいいのです。

 

体を動かすから、気持ちが明るくなります。

明るくなったから、体を動かせるのではありません。

 

教室でも、ちょっとした腕を動かす運動を入れるだけで、急に集中力が上がることがあります。もちろん、やりすぎれば、ざわつくこともありますから、加減は工夫が必要ですが、少しだけでも動くことで、気持ちはずいぶん、変わります。

 

そして、もう一つには、待つことです。

黙って見守る、という言い方もできるでしょう。

 

もう、何も受け付けない!

というほどに、心のふたが閉じているなら、黙って見ているほかありません。

あの手この手は、かえって逆効果になるように思います。

 

その子なりに、気持ちの整理をつけるのに、時間もかかるのです。

大人のペースと子どものペースは違います。

大人の都合が優先される方がいいと私は思いますが、こと、心については、人それぞれ、ペースの違いを受け止める必要があるのではないでしょうか。

 

私の勤務する学校には、「読み書きの時間」というものがあり、写経のように、いい本を書き写したり、音読したりする時間があります。

 

そういう、個の作業に没頭する時間を経ると、子どもの気持ちは、ずいぶん安定していることが多いようです。休み時間、けんかして戻ってきた子も、私が横に座って、写し書きに取り組んでいるのを見守っていると、次の休み時間には、もう、ケロっとしていることがほとんどなのです。

 

「あ、さっきのケンカ、どうする?」

 

と聞くと、

 

「もう、大丈夫!」

 

と、校庭に走って行ってしまいます。

私にとって、子どもの心のたくましさを感じる、いい瞬間です。

 

気持ちの切り替え上手な子は、機嫌悪さをひきずらないので、友達もできやすいでしょう。

気持ちも明るさを保ちやすいでしょう。

 

初めは、手間や時間がかかるかもしれませんが、長い目で見て、案外、大事なことなのではないかと思います。

 

2016年

1月

23日

子育てに必要な3つのSとは?

子育てに必要な3つのSとは?


「正直」
「率直」
「さっぱり」

まず、正直になること…

 
結局、それが、一番、人を納得させ、動かすと私は思います。
正直であることの大切さは、よく言われますが、しかし、なかなか、それは難しい…
例えば、私の場合、もっと、いろいろな場所で、講演させていただく機会を増やしたり、新たに本に取り組んでみたりしたいと思っています。
※ご依頼はこちら
他にも、ハワイに行きたいとか、こんなジャケットが欲しいとか、人が集まれる場合が欲しいとか、いろいろあります。


こういうことがしたい!
こんなものが欲しい!


そういう気持ちは、大事だと思うのですが、正直に自分の気持ちをいう、特に願望やお願いを言うということは、結構、心のハードルが高いという方も多いのではないでしょうか。


さて、話を子育てに戻します。


以前、クラスで、
「友達にお願いしたいこと」
を発表しあったことがあります。


出てくる話は、


・遊びのルールを守って欲しい
・コソコソ話をやめて欲しい
・ゲームの何かを貸して欲しい


など、子どもらしい、わかりやすいお願いでした。
もちろん、全部が全部、聞いてもらえる訳ではないのですが、それなりに効果はあったようです。


心のどこかには、誰々は、こういうことは嫌なんだな、とか、こんなことを言って欲しいんだな、ということが引っかかっているのです。

このように正直に、はっきりと人に伝えるということは、思っている以上にパワーがあるようです。


さて次に、率直であること。

気を遣って、言わなかったり、お世辞を言ったりすることは、かえって子どもを傷つけます。

私も、変に気を遣われるのは、居心地の悪いものです。

それは子どもも同じです。
大切なことは、言わないといけません。

確かに、言うのに気が重い内容もあります。
本人としては、うまくやっているつもりのことを指摘しなくてはいけない時もあります。

「何とか、この子を傷つけないように…」

それって、本当ですか?
実は傷つけたくないのは、子どもではなく、自分ということはありませんか?


ここは大事なポイント!
という時だけでいいのです。

日々の生活では、多くのことは、流して、流して、気持ちをどんどん切り替えられるように、してあげた方がいいと思っています。


が、たまには、大事な局面があります。
前は、みんな我慢してくれていたけど、もう、成長してくると、勝手な振る舞いをみんなに責められたりするようなこともあります。


そんな時は、


「あなたの言動は、他の子には、こう見えているようだよ」


などと、率直に話した方が、後々、子どもとの信頼関係を築けると思います。


そして最後に、さっぱりと伝える。

子どもは、叱られることは、案外、平気です。嫌なのは、長い説教、理屈、説明なのです。


例えば、


・夕飯の前に宿題をしなさい


というだけのことを伝えるのに、誇張表現やら、脅しやら、関係のない話やら、お母さんご自身の武勇伝やらを話していませんか?


子どもにとっては、具体的に、こうしてほしい、とか、こうしなさいとか、お母さんが決めてから伝えてもらえると、動きやすいです。


そして、実際にできると、自信もつき、次に何かをし始めやすくなります。


伝え方が不明瞭(例えば、ちゃんとしなさい!など)だと、子どもを不安にしてしまうものです。


お母さんが、自信を持って、堂々とお子さんに話をしてくださることで、子どもはかえって、安心できます。


この3つのSを意識してみませんか?

2016年

1月

24日

子どもには冒険が必要。でも、冒険と無謀の間には、大きな違いがある。

冒険と無謀の間には、大きな違いが…

今日(1月24日)は、記録的な寒波に襲われ、特に西日本では、天気が大荒れとのことです。あなたの御住まいの地域は、いかがでしょうか?

何しろ、那覇を除く、西日本、全ての県庁所在地で最低気温が氷点下となり、奄美大島でも115年ぶりに雪とのことですから、相当なことですね。

そんな中、佐賀県では、興味本位で山に登った少年6人が下山できず、救助された、とのことです。

まずは、無事で何よりです。
どうであれ、命が奪われるようなことにならなくて、本当に良かったと思います。

しかし、現地は、そう簡単な話ではないでしょう。

彼らは、雪が降り出し、興味本位で登った、との話をしているそうです。
救助隊が彼らのために時間を使っている間に、他の急病や災害がおきるかもしれないわけで、「若いうちは、あるある」とはできないものでしょう。

一方で、それは大人の正論であり、子ども、特に小学校高学年から中学生ぐらいの年齢の子たちにとっては、冒険せずにはいられない精神性があるのは、理解できます。

実際、誰だって、そういう時期には、今、思い返すと、ヒヤッとしてしまうような、危ない橋を渡ったことがあるのではないでしょうか。

むしろ、そういう冒険に飛び出さない子をからかう雰囲気だって、あったような気がします。
大人は、子どもの頃を忘れてしまいがちですが、

「ヒヤリ」

の共有は、成長上、価値のあるものだと私は思います。

それでも、今回のことは、冒険ではなく、無謀だと言えると、私は感じます。

本人たちの事情を全く知りませんから、報道の情報だけという前提で、お話すると、登り始めたのが、深夜0時ごろだった、ということですから、天気にかかわらず、14、5歳の子たちが出かけること自体が、望ましくない冒険ではないでしょうか?

親御さんも、努力されて、あの手この手で、頑張っていたかもしれません。
そうだとしても、雪山に登らないといられない、心を突き動かす何かが、あったのでしょう。

でも、今回は、救助隊が結成され、何人もの手間をかけ、税金を投入し、広く報道されることになりました。

こういう結末になった、ということは、よほど、何か向き合わなくてはならないことがあったのではないか、と私は思います。

子どもの挑戦が、冒険で終わるか、無謀になるかの境界線は、結果論です。

助かった、ということは、まだ首の皮が繋がっているということです。

見たくないこと、聞きたくないことに向き合うチャンスを与えられた、と捉えることができたなら、投入した税金や手間の何倍も、世間に還元してくれるのではないでしょうか。

2016年

1月

25日

1日1回、楽しいことを話題にすることを習慣化しましょう。

1日で1回、楽しいことを話題にする。

 

 

出来事に、どんな意味をつけるかで、その後は大きく変わります。

 

自分にとって、ネガティブな意味づけをすることが癖になっていると、なんでもかんでも、自分への攻撃、悪評と思えてしまうものではないでしょうか。

 

逆に、端から見て、

 

「幸せだね〜」

 

と思えるほど、前向きに捉える癖のある人は、毎日が楽しいものでしょう。

 

とはいえ、実際には、年を重ねるたびに、そうそう、前向きにばかりも受け止められなくなりがちです。

 

ですから、私は教室で、1日1回は、楽しいことについて話し合うようにしています。

 

例えば、

 

・今までであった、嬉しかったことは?

 

・将来、行ってみたいところは?

 

・友達にかけてほしい言葉は?

 

などです。

 

勉強の課題が多く、疲れていても、ケンカして、不機嫌でも、強制的に気持ちを明るい方向に向ける機会を作ります。

 

実際に叶うかどうか、現実性があるかないか、よりも気持ちを明るくするためにしているのですから、幅広く、子どもの話を受け止めます。

 

荒唐無稽に思える子どもの答えの中に、意外なホンネが隠されていることがあります。

そんなことに気づけるチャンスにもなります。

 

ポジティブシンキング流行りですが、なんでもかんでも、ポジティブに捉える、というのは、どうも無理があるように私は思います。

 

光があれば、影があり、

 

晴れがあれば、雨があり、もちろん、曇りもあって、お天気雨だってあって…

 

ですから、1日に1回でいいと思うのです。

思わず笑ってしまうような、楽しい話題を習慣化することをお勧めします。

2016年

1月

26日

逆を考えると、うまくいく!鈍感な方がいい時もある。

鈍感な方がいい時もある。

いつもの逆を考えると、うまくいく。

 

 

よい子育てをするためには、いつもアンテナを伸ばして、ちょっとしたことに早く気づいて、いい言葉がけで子どもを導く…

 

とはいえ!

 

時には、鈍感な方がいいこともあるようです。

 

私は、とあるお母さんに、こんなことを言われたことがあります。

 

「青木先生は、細やかですよね。だから、かえって、子ども達が期待しちゃうんでしょうね。鈍感な先生なら、逆に期待さえしないと思うんです」

 

この言葉は、私にとって、大きな驚きだったことをよく覚えています。

私は、むしろ放任的で、細かい声を拾えていないことが、大きな課題だと思っていたからです。

 

なるほど…

細やかに対応すればいい、というものでもないんだな。

鈍感なぐらいが、かえっていいこともあるんだな。

 

この気づきは、私の幅を広げてくれたと思います。

それまで、自分の生育歴や、経験に基づく、個人的な感覚で固まっていた教育観を、まるで逆の方向に広げてくれたコメントでした。

 

時には、いつも考えていることの逆を考えると、うまくいくこともあるのだな、と感じました。

 

あなたにとって、いつもの逆とは、どんなことですか?

2016年

1月

27日

自意識が高まりだしたお年頃のお子さんのいるお母さんへのシンプルなヒント

必要以上に、こねくり回していませんか?

意外なことに、課題の解決はシンプルなのかもしれません。

 

 

「あ、髪の毛、切ったね。かわいいよ」

「ありがとう!」

 

よくある女の子の会話です。

 

こんな普通の会話でも、自意識が高まり、他人からの目が気になり出すと、

 

(はぁ〜かわいいとか言ってるけど、思ってもないこと、よく言うわよね!)

(まったく、褒めないと、後で不機嫌になるんだから、面倒くさい!)

 

という心の会話が繰り広げられることになってしまいがちです。

 

言葉の奥にある心の機微に気づくことも、大人になることの1つの大切な要素かもしれません。

 

しかし、毎日の会話や何気無い身のこなし一つに、いちいち、意味付けしていては、とても心が持ちません。

 

お母さんの立場に立つと、お子さんのクラスでの様子をつまびらかに把握することはできません。

どうしても、お子さんの言葉や態度で察し、わからないことは、他のママ友からの情報から想像を膨らませることになります。

 

すると、10ぐらいの大きさだった出来事が、20になり、30になり、100になってしまうこともよくあるのです。

 

「あ、髪の毛、切ったね。かわいいよ」

 

もう、それで終わりにしたいものですね。

だとすると、大人の側も、シンプルに、率直に、日々を送る必要がありそうです。

 

私は、日常的に、子ども達に質問をしていますが、すると、

 

「先生は?」

 

と聞かれることも多いです。

こんな時に、意識して答えると、確実にバレます。

単純に本音を言うだけのことです。

 

言葉は、

 

・短く

・具体的に

・正直に

 

そんなシンプルさが、結局は課題の解決の近道なのではないかと感じます。

2016年

1月

28日

好きなことが見つかれば、うまくいく。しかも、お母さんが…

好きなことが見つかれば、うまくいく

 

 

「好き」であることは、とても大切です。

好きなことなら、やめろと言われても、やめたくありません。

 

先日も、国語の授業で物事の違いをハッキリさせる文を書くために、好きな題材を選んだのですが、休み時間になっても、やめない子が何人もいて、実感しました。

 

もちろん、嫌なことなら、やれと言われても、やりたくありませんよね。

その例は、あえて挙げるまでもなく、おわかりだろうと思います。

 

とはいえ、話はそう、単純なことでもなさそうです。

 

日本人の国民性もあるのかもしれませんが、好きなこと、強く言えば、欲望やホンネをあからさまにすることは、はばかられる精神文化があるように思われます。

 

「好き!」とはっきり言うのは、何となくはしたない。

 

「こんなのが好きって言ったら、バカにされるかな…」

 

3年生以上なら、かなり意識していることです。

本当は、どんなことでも、好きなことは、強みなのですし、それをオープンに言い合える雰囲気が大事だと思いますが、なかなか、そうもいかないようです。

 

友達同士なら、まだしも、

 

「お母さんに、こんなのが好きなんて、絶対怒られるから言えないよ~」

 

と、妙に気遣っている子もいるようです。

 

それでも、「好き」の力は、人を笑顔にします。

 

「好きな物語、本、映画、テレビ番組」というテーマで、話をしていたところ、話が盛り上がり、しかも、好きな話ですから、自然と笑顔にあふれているのに気がつきました。

 

とはいえ、「好き」に正直になるためには、練習が必要なのかもしれません。

冒頭でご紹介した、先日の国語の授業ですが、好きな題材を決めるのには、実は、けっこう時間がかかったのです。

 

初めは、うーん、と頭を抱えている姿がほとんどでした。

 

そんな時、私は、自分の好きなことで、黒板に例を挙げていきました。

ちなみに、旅行が好きなので、ハワイとイタリアという二つについて、どんどん書きました。

すると、子ども達も書き始め、気付いたら、どんどん、熱中していました。

 

子ども達の「好き」を深めることは、とても重要なことです。

しかし、意外なことに、「好き」を深めるのには、練習やパートナーが必要なようです。

ぜひ、お母さんご自身が、ご自身の「好き」を大切にしてほしいと思います。

2016年

1月

29日

うまくいくために…「心のサーフィン」のススメ

最近、うまくいく…
それは、何かをしたからではなくて、単に、いいリズムがきているから。

 

だとすると、焦って、手を打つばかりが能ではないかもしれません。

 

果報は寝て待てといいますが、お子さんのことでも、寝て待つぐらいで、ちょうどいい時があるように思います。

 

物事には、全てにおいて、適した時期というものがあるようです。

 

もちろん、それは、お母さん方なら、経験的におわかりだろうと思います。

急激に言葉を覚えだす時期があったと思いますし、

一気に視野が広まったな、と思われた時期もあったと思います。

 

でも、待てない!

 

それは、

 

1.他の子は、もうできている!

 

2.できないと困るから、早く練習させたい!

 

という2つの気持ちのどちらかからきている、あるいは両方からきているような気がします。

 

実際、ある種の刺激がきっかけで、お子さんの育ちを促すことも多くあると思います。

 

が、たまに、その刺激がお子さんの自信をなくすことにつながることもあるようです。

その頻度は、「たまに」なのか、「けっこう」なのか、それは、意見の別れるところでしょうが、いずれにせよ、そういうことは、あると思います。

 

これは、いわゆる勉強やスポーツ、技能にとどまらず、人間関係でも言えそうです。

 

友達との関係づくりも、ある段階を超えると、急に深まったり、上手にできるようになったりすることがよくあります。

 

ということは、それまでは、衝突が多かったり、うまく受け入れてもらえず、悲しかったりすることも多い、ということです。

 

お母さんの立場に立つと、他の子より遅かったり、劣っていたりするのではないか、という不安は、とても強いものでしょうし、不安になって当然だと思います。

 

ですが、ある時期が来るまで、どうにもならないこともあるようです。

 

私の経験は、お母さん方の重さや深さとは、比べるまでもありませんが、

特に人間関係の課題は、待つことが、とても意義深いように思います。

 

面談や電話などで、あの手この手、いろいろ、お母さんと相談して、がんばっているのに、解決しない…

 

どうしましょう。

ああしてみましょう。

あ~ダメでしたか…

 

などということを繰り返しているうち、

 

おや?

最近、なんだかいいですね!

 

と、うまくいっていることに気づくことがあります。

 

それから振り返ってみても、結局、何が決め手だったかは、よくわからないのです。

 

時には、

 

「ま、いい波が来るまで待つか」

 

と、思っていることがいい場合もあるようです。

 

私は、それを

 

「心のサーフィン」

 

と呼んでいます。

 

 

2016年

1月

30日

いつも、子どもの心に共感的であろうとしている。なのに、怒ってしまうのは、なぜ?

いつも、子どもの心に共感的であろうとしている。

なのに、怒ってしまうのは、なぜ?

 

 

大切で、大切で、仕方ないお子さんのことです。

怒ってしまって、当たり前。

 

だと、私は思います。

 

お子さんの話をよく聞き、いろいろな本も読み、お母さん同士のコミュニケーションも大切にしている。

 

家庭で、ご主人にイラっとしても、努めて平静を保ち、夫婦ゲンカだって、見せたことがない。

 

なのに…

 

なのに、怒ってしまう。

 

そんな私が、とても嫌なんです。

 

そういう話をお母さん方から伺ってきました。

 

そこで、一つの疑問があります。

 

「怒ってしまうお母さん、感情的になるお母さんは、ダメなお母さん?」

 

私には、感情を表に出さず、興奮しないようなお母さんの方が、お子さんへの影響が気掛かりです。

 

お母さんご自身のプライドとして、クールでない自分はカッコ悪い、ということがあるのかもしれません。

 

が、教室で子ども達の話を聞いていると、フランクで、感情的な面もきちんと出し会っているご家庭の方が、子どもの表情が明るかったり、豊かだったりするように、私は感じます。

 

「怒るまい」

 

「冷静であろう」

 

と考えれば、考えるほど、歪みがたまる、と考えると分かりやすいかもしれません。

 

お子さんのことを大切に思えば、思うほど…

 

感情的になって当たり前。

怒って当たり前。

時には怒鳴って当たり前。

 

それが大前提なのではないかと私は思います。

 

昔のお母さんは、良かった…

 

本当でしょうか?

 

農作業に追われ、家族揃って食事もできず、赤ちゃんはカゴに入れっぱなしで、育児書なんてなかった昔。

 

子どもは、悪さをすれば、怒鳴られ、叩かれ、文字どおり、お灸を据えられた昔。

 

そう考えても、いわゆる「いいお母さん」なんて、ならなくてもいいのではないか、率直で、感情的であることこそ、むしろ大事なのではないかと、私は思います。

2016年

1月

31日

ついに公開。モテて、愛されて、応援される子を育てる極意。

ついに公開。モテて、愛されて、応援される子を育てる極意。


自分のしてほしいことだけを言う、する。


当たり前でしたか?

しかし、言うは易く行うは難し、ですよね?

失敗した時、あなたは、どうしてほしいですか?

・優しく、どうしたらいいか、教えて欲しい。

・厳しく、何がダメかを教えて欲しい。

・自分なりのやり方を見守って欲しい。

どうでしょう?

どれもいいと思います。
まずは、あなたにとって、心地いいことが大切です。

実のところ、ほとんどの子どもは、失敗した時は、怒鳴らずに、優しく、具体的にどうしたらいいかを教えてあげる方が、力を伸ばせるとは思いますが、時には、厳しく怒鳴ることがあったって、いいと思います。
私自身なら、ほとんどは、優しくして欲しいですが、明らかに慢心して、想定通りの失敗をしたなら、怒鳴られた方が、気がラクな時もあると思います。

この当たり前の極意は、お子さんに何かを伝えたい時、決め球になるでしょう。

子どもは、叱られることよりも、長いお説教がイヤなのです。

ですから、何かやらかした子どもには、

「そんな時、あなたなら、どうして欲しい?」
と聞いて、考えさせるのが一番です。

そして、必要に応じて、子どもが答えたことを実際にできるように、サポートしてあげると、最高ですね。

何が良くて、何が悪いかは、多くの場合、子どもは、わかっています。
だからこそ、言葉で追い込まず、考えさせる、心のスペースを大切にしたいものです。

自分のして欲しいことを相手に言ったり、やったりできる子は、当然、友達も多くなり、愛されます。

つまり、モテることになり、応援してもらえますよね。

この当たり前の極意は、まず、大人が、少しずつ、実践していきたいものです。

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・「怒鳴ってしまう、その前に!心を鎮める3つのヒント」

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