認めることの大切さ。
褒める必要はない。
見て、心に留めるのが、みとめる。
子ども達の毎日は、企業戦士のお父さん、お母さんや家事で大忙しの主婦、主夫の皆さんと同じように大変です。
もちろん、本人達は、大変、と思わずに、イキイキとしていてくれれば問題ないのです。
が、周りの大人は、子ども達も毎日、大変な時間を過ごしているんだな、という眼差しも持っておきたいものです。
さて、その大変な毎日の中では、友達に嫌なことを言われたり、されたりすることがあります。
健全な成長のためには、それも必要な経験でもあります。
が、当の本人としては、そんなに達観はできませんし、するべきでもないと私は思います。
どんなに慰めても、どんなに本人の努力を褒めても、その時、傷ついたことに変わりはありません。
そんな時でも、少なくとも
「見ていたよ」
ということは、静かに伝えたいと思います。
その瞬間に、心を癒したり、元気にしたりはできないかもしれないけれど、その嫌な経験をたくましさの素にするのに、大人の眼差しが助けになります。
「見ていたよ」
「先生からその話を聞いたよ」
これは、実際に言葉にする必要がありそうです。
お説教も、慰めも、褒め言葉も、後から足せばいいのです。
まずは、私が気づいている、ということだけを伝えることです。
それが次のステップに進むベースになります。