傷には砂糖を塗る。
実際には砂糖なんて塗らずに、消毒するなり、絆創膏を貼るなりすればいいのですが、苦手なことや不安なことを取り立てて強調しない方がいい、という意味で、砂糖を塗って欲しい。
私は、教員生活を続けてきて思うのですが、子どもは子どもなりに、自分の得手不得手は、わかっているように感じます。
もちろん、大人から見ると、過剰であったり、あるいは過小であったりもするのですが、なかなかどうして、自分なりに自分について、思うところはあるものだも思います。
一方、苦手なことを
「思い知らせないと!」
「いい気になられたら困るから、ちゃんと言っとかないと…」
というのは、傷に塩を塗り込むことです。
傷に塩を塗るのが好きな人も、中にはいるでしょうが、それはそれで困ったことです。
ダメな自分を再確認する生活って、お母さんがお子さんに望んでいることなのでしょうか?
低学年の子ども、特に男の子は、まだ周りが見えず、自分ができていないということにさえ、気づいていないこともあります。
が、それは幸せなことです。
これは馬鹿にしているのではありません。
ある時、自分はダメなのかもしれない…と不安になると、途端に積極性が薄れてしまうこともあります。もったいないことです。
周りが見えていない、自分に気づいていないのは、場合によってはいいことです。
が、早く気づかせないと、いい気にならないようにしないと、と言って、わざわざ、ダメ出ししなくてもいいのではないでしょうか。
え?
じゃあ、いつ直させるのですか?
はい。
今です。
お母さんが気づいた、今からできることはします!
わざわざ、あなたのココがダメなのよ、と強調なんてする必要はなく、ただ、淡々とすべきことをするのみ、なのです。
もちろん、何でも早ければいいなんて言うつもりはありません。その子に合った時期、というものがあります。
それは当然のベースとして、今、これは練習させよう、今、必要だ、とお母さんが思われたなら、何の心配もなく、やらせるまでです。
私自身もそうでしたが、この頃は、ダメ出しを続けて、叩いて伸ばす、という方法論では、やる気を削いでしまうように感じます。
本当の強さは、ダメ出しではなく、承認によって育まれると、私は感じます。
何しろ、自分が承認されている人は、人のことも承認しやすいですし、自分がダメ出しされ続けていれば、他人にもダメ出しするのが標準になります。
強い子を育てる!
たくましく育てる!
本当に素晴らしいと思います。
だからこそ、苦手なことをあえて強調なんてする必要はなく、傷には砂糖を塗るつもりで、ちょうどいいのではないでしょうか。