あ〜こんなにイヤなことなのに、無いと寂しい…
先月、ドラッグストアでミネラルウォーターの安売りがあり、大量に買ってきました。
その数、10ケース。
駐車場から部屋に運び上げるだけでも一苦労でした。
もう、それでイヤになってしまい、玄関にバリケードのように積まれた水の山。
誰か押し入ってきた時は、これで足止めをして戦おう!と決めて、しばらく備えることにしました。
しかし、ありがたいことに、不審者は現れず、バリケードを撤去する覚悟をしました。
なぜなら、下水の高圧洗浄をする業者さんが来ることになったからです…
さて、業者さんがいらっしゃる数時間前にバリケードが撤去された玄関を見て、あ〜スッキリ〜とは思いませんでした。
何だか、あるべきものがない寂しさ…
いちいち、家に上がるのに狭いところを通っていた不便さなんかよりも、靴を履くときにちょっと物を置けた便利さがなくなったつまらなさ…
ハッキリ言って、水のバリケードなど、買い物をしてきた日に片付けておくべきなのでしょう。
やらなきゃ、やらなきゃと、言いつつ、先延ばしにして、そんな自分にちょっと嫌気がさしていたというのに、一念発起(大げさですが…)して、スッキリさせたら、妙に寂しいのです。
お母さん!
もしかしたら、お子さんのことで、悩んでいたり、困っていたりすることが無くなってしまったら、解決してしまったら、寂しいかもしれませんよ。
それでもいいですか?
困っていることを解決して、課題が無くなってしまってもいいですか?
手のかかる子ほどカワイイと言います。
私たち教師にとっても、そういう面があると思います。
私たちの「手」を必要とされなくなったとしても、私たちには存在価値があるし、もし、今の課題をクリアしてしまったら、次の課題を作ればいいのです。
あなたにとって、水のバリケードは何ですか?