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金
2015年
8月
08日
土
このブログで、繰り返し書いてきましたが、何より、お母さんは一番、
大変です。
「子育てなんて、オトコの仕事に比べれば楽チン!」
などと言う人は私の周りにいませんが、ある年代より上の男性の中には、
そう言って憚らない方もいるようです。
お母さん方の話を聞いていて、一番多いと感じるのは、
「子どもが思い通りに育たない、動かない」
という不満です。
つまり、子どもの言動は、すべてにおいて、いちいち、お母さんの予定を
崩すものだということなのではないかと思います。
学校から帰ったら、おやつ食べて、15分で宿題済ませて、それからプールに送って、
プールの間に買い物を済ませて、家に帰ったら、夕食を作っている間に、
ビデオでも見せておいて、そのあとは、家で用意した問題集をやらせて、
30分ですべて終えて、風呂に入って、8時には布団に入る!
そう、うまくいくわけはないのです。
でも、そうやってほしい…
おやつを食べさせようと思っていたのに、なぜか今日に限って、
「そんなのイヤ!」という。もう、この時点でイライラが始まります。
そうなると、宿題が15分なんかでは終わりません。
さらにイライラが募ったところで、プールに行かないといけない時間です。
買い物をしようと思っていたのに、プールで話しかけられ、あっという間に
1時間。
もう、あとは書くまでもないでしょう。
もしかしたら、もう少し予定を緩やかにした方がいいのかもしれません。
子どもは、大人の都合で何かを動かそうとしていることには、とても
敏感です。
大人の都合で子どもを動かすことは当然のことなのですが、少し、
条件を緩めるだけで、子どもは、それに合わせることができるようになります。
少し、見直してみてはいかがでしょうか?
2015年
8月
09日
日
読書好きの子を育てるヒント
私が教室で、よくお母さん方に聞かれることに、
「どうすれば、子どもを読書好きにさせられますか?」
というものがあります。
私の考えでは、まず、身近な大人の誰かが、読書好きであるかどうかが、
とても重要です。
一人でもいいのです。
心から本を楽しんでいる大人が身近にいる子は、それを見ています。
心から本が好きな人は、読書の魅力を語ることはあっても、
ごもっともなお説教をしません。
本を読めば、勉強ができるのよ、とか、友達と話が合うわよ、
というようなお説教をいくら重ねても、子どもにはホンネが見えています。
お母さんご自身でなくてもいいのです。
お父さんでも、おじいちゃんでも、おばあちゃんでもいいのです。
きっと、誰か一人ぐらいはいるのではないでしょうか。
次に、具体的には、図書館に足しげく通うことが大切です。
ただ、足を運びましょう。
最近は、カフェがある図書館もありますから、ランチとしてでもいいのです。
自宅では、どうしても刺激の強いゲームやテレビに気持ちが流れるものです。
「場」を変えることは、とても効果があります。
軽い気持ちで、図書館を利用されることをお勧めします。
2015年
8月
10日
月
子どもは大人のホンネが見えている。
私は教室で子どもたちと関わっていて、いつもそう思います。
だから、取り繕ったって、仕方ないのです。
開き直るのではなく、今のままが一番いい、と心から思うことはとても大切だと思います。
私たち教師たちなどとは比較もできないほど、一番、身近な大人であるお母さん。
そんなお母さんが、自分を取り繕えば、子どもはそれも学んでしまうでしょう。
癖になるわけです。
今のままが一番いい。
そう、心底思えるようになることが、とても重要だと感じます。
とは言うものの…
心の底から、そう思えるようになるのは、なかなか難しいことでしょう。
特に「謙遜」という美徳を重視する日本人にとっては、とてもハードルが高いことだと思います。
そういう迷いや中途さも含めて、そのままでいいのではないでしょうか。
何より、何も隠さず、ホンネでいることは、一番、子どもの安心につながると思います。
私も繕わず、落ち着いて、自分のホンネを認めていこうと思っています。
2015年
8月
11日
火
人は人中、地は地中。
(ひとは、ひとなか じは、じなか)
人は、人の中でもまれて過ごした方が魅力的になれるし、
土地も、周りも含めて良くなっていくものだ、ということです。
皆さんは、この言葉を聞いたことがありますか?
私は、子どもの頃、よく祖母から聞かされていました。
ネット検索で見たところでは、どうも四国の方のことわざなのかもしれない、と思いました。
いろいろ調べてみますと、
「人は人中、田は田中」
(ひとは、ひとなか たは、たなか)
※「ひとはひと なかたは、たなか」ではありません!
や、
「人は人中、木は木中」
(ひとは、ひとなか きは、きなか)
というのもあり、同じような意味のようです。
いずれにせよ、一人の世界に孤立しているのではなく、人の中に入っていって、
いろいろな経験をすることが、魅力的になるために、とても大切だ、
ということです。
もちろん、人中でもまれている時は、とても嫌な気持ちのするものです。
ですから、周りの大人としては、参っている子どもを励ますことを大切にしたいな、
と感じます。
ああしなさい、こうしなさい。
という具体的提案がいい場合もありますが、悩みそのものを肯定するような
励ましを大切にしたいと思います。
2015年
8月
12日
水
「先生!今日、初めて笑ったね」
数年前、ある子どもに言われた言葉です。
私は数十人の子どもを教室で預かっています。
その集団を安全に見守ることは、時として、きれいごとではすみません。
そんな時、私の顔色は、自然と硬いものになっています。
それになかなか気づけないのです。
私と一緒に過ごしている子ども達も、硬い表情になっていたと思います。
でも、私が笑ったことで、その子にとって、ホッとできたのでしょう。
それが、冒頭の言葉になったんだと、私は感じました。
私でさえ、そうなのですから、お母さんの表情が子どもに与える影響は、
計り知れないと思います。
お母さんは大変です。
そう、いつもいつも、笑っていられる余裕なんてないのが普通です。
でも、意識して、少しでも笑うようにすることは、健康を維持するのにも、
とても有効だという話もあるそうです。
ぜひ、ご一緒に笑っていきましょう。
2015年
8月
13日
木
お母さん、夏休みもあと、半月。
お疲れが溜まっていませんか?
以前の話ですが、9月の新学期早々に、とあるお母さんとお会いした時、
「先生。やっと、学校が始まってくれました」
と真顔で言われたことがあります。
お子さんと過ごす時間の充実感は、他に変えられないものがあるとは思いますが、
一方で、
「も〜勘弁して〜」
という気持ちが同時にあるのも、また大切なことなのだろうと思います。
ずっと家にいても、そうそう、楽しいことがある訳でもないでしょうし、
かといって、出かけたら、お金もかかるし、お子さんが好きなようなところは、
何より、
「正直言って、自分が楽しくない!」
というのもあるでしょう。
そんな場合は、東京の話になってしまいますが、科学技術館に行ってみる、
ということをご提案します。
科学技術館は、地下鉄東西線の竹橋駅からほど近く、まさに都心にありますから、
都内・都下・東京近郊からのアクセスも良好です。
科学技術館
子どもが実際に体験したり、実験したりできるものばかりなので、飽きずに、楽しめます。
そして、それらのコーナーの近くに豊富にベンチがあるため、
お母さんが待っているのも楽で、安心です。
実際、私が行った時には、ベンチはお母さん方のおしゃべりの場、
コーナーは子ども達がワイワイする場、という感じになっていました。
もちろん、レストランもありますし、入場料は、大人が720円・子どもが260円と割安です。
建物は、少々古さも感じますが、子どもは興味に応じて、いろいろな経験ができます。
窓からは皇居も見える豊かな環境。
お母さんも一緒に体験するもよし、ベンチに座って、久し振りにゆっくり読書するもよし、
帰りには、デパートにお子さんを付き合わせるもよし。
ぜひ、ネタに困った時は、科学技術館に行ってみてください。
オススメです。
2015年
8月
14日
金
積み木くずし と 積み木かさね
積み木はどんなに作っても、壊さなくてはなりません。
いずれ壊すとわかっていながら、やる。
というよりも、子どもにとっては、くずことも楽しいのです。
ですから、積み木をくずされ、泣く子と笑う子がいます。
今日の記事で取り上げる「積み木くずし」は、かつて有名になった小説やドラマなどの話とは違います。
私が子どもの積み木遊びを見ていて、感じたことを書きます。
おわかりの通り、子どもは成長すればするほど、出来上がる積み木の作品は立派になります。
初めは、1こか2こ積むだけから始まり、幼稚園、年中ともなれば、もう立派なものを作れるようになります。
これが小学生ともなり、何人かで作れば、大作が完成するでしょう。
でも、いずれにせよ、毎度、毎度、壊さなくてはいけません。
逆に言うと、その都度、壊すから、
「またやろう!」
と思えるのです。
これは人間性の成長も同じなのではないかと思います。
・経験を積んで、何かができるようになる。
・新しい心の枠組みができる。
と、思ったら、その安定を壊すような出来事…
それは、友達とのけんかであったり、知らない大人との遭遇であったり、
お母さんの豹変かもしれません。
いずれにせよ、できたと思っていた心の枠組みは、一度壊されることになります。
その上で、また次第に、心の枠組みが安定してきます。
もちろん、再び、それが壊され、新しく造られる、という繰り返しです。
がんばって、がんばって、積み重ねる。
けど、それが崩される。
それは、その時は嫌な気持ちです。
辛い、不安…
そんな気持ちです。
でも、そのおかげで、脱皮して大きくなれる。
そういう前提で、子どもの生活を見ていることは、 子どもが「積み木くずし」に遭遇した時に、再び、「積み木かさね」に向かうための安心材料になるのだと思います。
2015年
8月
15日
土
2015年
8月
16日
日
お母さん、刑事さんになっていませんか?
気にかけて欲しいのは、事実よりも気持ちなんです。
泣きはらした様子で帰宅したお子さん。
心配になったり、悲しくなったりするのは当たり前ですね。
そんな時、ついつい、何があったかを問い詰めてはいませんか?
何があったか、気になるのは当然ですが、それを尋問していっても、逆効果ということが多いのです。
なぜなら、
・特に、男の子に多いのですが、そもそも、何があったか、きちんと把握できていない。
・さらに、これも男の子に多いのですが、うまく言葉にできない。
・1度、嫌な思いをしているのに、また言葉にすることで、追体験するのは、もう嫌。
というような理由があるからです。
お母さんは、心配ですから、何があったか、知りたくて知りたくて、たまりません。
すると、うまく言えない、あるいは、言わないお子さんに、腹が立ってきます。
こうなると、子どもにとっては、お母さんまでが、嫌なところをついてくる存在になってしまいます。
ですから、何かあった時は、お母さんが刑事さんになって、事実確認に追われないようにすることが大切です。
もちろん、事実関係も重要なのですが、先に、お子さんの気持ちを十分に受け止める必要があります。
〜本当に、嫌な気持ちだったんだね〜
〜それは、悔しかったね〜
などと、気持ちを言葉にしてあげることもいい方法です。
気持ちの受け止めに時間をかければ、事実関係を把握するのも楽になります。
ぜひ、参考にしてみてください。
2015年
8月
17日
月
裁判官になっているお母さん、いませんか?
昨日の記事、「刑事さんになっているお母さん、いませんか?」の続きです。
昨日は、刑事さんのようになって、事実確認に夢中になると、
子どもが、かえって本当のことを言えなくなりますよ、
まず、気にかけてほしいのは、気持ちですよ、
というお話でした。
今日は、「裁判官」です。
「裁いてはいけません」という有名な聖書の一節があります。
聖書で言わんとすることは、その背景に神があり、即物的な、
あるいは、現実的なこととは違う教えがあるのかもしれません。
しかし、今日は、もう少し、軽い意味で考えてみたいと思います。
裁くことを、より軽くとらえて、判断する、と考えると、
私たちは、常に、いろいろな判断をしています。
それは当り前のことです。
そうしなければ、生きていけません。
一方で、私が子どもの声を聞いていて、よく話になるのが、
「決めつけられるのが嫌」
ということです。
何か、ケンカが起きた時、「どうせ、お前がやったんだろ!」
とか、
テストで点が悪かった時、「どうせ、また勉強してこなかったでしょ!」
などのように、
「決めつけられる」
ことが、とても嫌だ、という声をたくさん耳にします。
私も、気をつけないと、そういう「決めつけ」を自然としてしまいます。
この話は、繰り返し、このブログでも訴えていることで、
「嫌味だけは、捨てる」
ということにも通じることです。
子ども自身、もちろん、大人だって、ほとんどの場合、自分の足りないところは、
よくわかっているのです。
だからこそ、
「ダメ」
という短い否定の言葉に、あれこれ強調するものがくっつくと、素直になれないのです。
何も、傷に塩を塗る必要はないのです。
もし、やるなら、
「これは、子どもの間違いを正すためではなく、自分の気持ちを鎮めるためなんだ」
と思って、嫌みなり、決めつけなりをした方が、よほど建設的です。
親も子も人間です。
感情的になるのが当たり前。
だから、言わなくてもいい一言(で済まないこともあるでしょうが…)を
かぶせてしまうことだってあります。
ですが、できるなら、刑事さんにも、裁判官にもならず、
起きた出来事を、そのまま受け止めたいものです。
2015年
8月
18日
火
体を動かすから、元気になる。
元気だから、体を動かすのではない。
私の勤める、むさしの学園小学校は、すべての授業の後、10分間の休み時間があります。
それは、授業によく集中するためには、きちんと気持ちに区切りをつけないといけないと考えているからです。
たった10分?
そう、思われるかもしれません。
でも、その10分が、意外なことに重要で、しかも効果があるのです。
しかし、これが5分では、そうもいきません。
片付けて、次の用意をし、靴を履いて外に出る。
ちょっとゆっくりやったら、もう休み時間が終わってしまいます。
授業時間を十分に取り、さらに体を動かす時間も取るためには、10分の休み時間がちょうどよかったのです。
さて、そうはいっても、なんとなく、元気に遊びたくなんてない時もあるに決まっています。
そんな時こそ、せめて、外に出ることが大事です。
気持ちがノッているから、外で遊ぶのではないのです。
外に出て、何となく過ごしているから、元気になってくるのです。
もちろん、気持ちの沈んでいる時は、私たち教師が関わりを持つ必要があることもあります。
そういう外での時間があるから、気持ちを切り替えられます。
これはご家庭でも同じです。
煮詰まったな…
そう思われる時があったら、ぜひ10分でも、外に出てみてください。
本当は体を動かした方がいいけれど、外にでるだけでも、意味があります。
ぜひ、試してみてください。
2015年
8月
18日
火
2015年
8月
19日
水
あなたは北風?
それとも太陽?
どっちの方がいいのでしょうか?
私の答えは…
「どっちも同じ」
私自身、北風のように、怒る、怒鳴る、というやり方で、子どもと関わっていたこともあります。
もちろん、今だって、怒ったり、怒鳴ったりすることもありますが、
今は、太陽のように振舞おうと意識しています。
その経験で感じていること。
それは、北風の時も、太陽の時も、同じだったな、ということなのです。
というのは、子どもが動くのは、相手が北風か太陽か、ということよりも、
その人は本気で、本心から言っているかどうか、ブレていないかどうか、
ということによってだからだと思うからです。
「こう言っておかないとな…」
とか、
「こんな風に振舞っておかないとな…」
というような見せかけの言葉や態度は、北風だろうが、太陽だろうが、
子どもは見抜いて、サラリと流してしまいます。
ですから、私にとっては、北風がいいか、太陽がいいか、ということは重要ではなく、
あなたはどこまで真剣で、ブレていないか、ということが最も重要です。
ということで、北風でも、太陽でも、「どっちも同じ」だと、私は思います。
この「北風がいいか、太陽がいいか」という話は、よくある話題です。
一般的には、北風のような圧力でプレッシャーをかけるより、
暖かく、包み込んだ方が人には響く、ということから、
「お母さん、北風をやめて、太陽にしませんか?」
という導きになることが多いですね。
以前、かさこさんが、
「北風と太陽」は太陽がエライんじゃなくセットで必要なんだよって話からわかる交渉術あるいはこそ手論
という記事を書かれています。
かさこさんの記事を目にした時、この記事を書こう!と思ったのですが、
少々、時間がかかってしまいました。
2015年
8月
20日
木
ホンモノは言葉の数十倍、数百倍、説得力がある
今日は、東京は吉祥寺にある、井の頭公園で学んだことから、ホンモノ・実体験の力をご紹介します。
「外来生物は、固有の生態系を著しく破壊してしまう可能性があるので、持ち込んではいけません」
当たり前のことです。
いろいろなメディアで紹介されています。
図鑑などにも載っていますから、知識としては、子ども達だって、わかっている子も多いでしょう。
2015年
8月
21日
金
お母さん!お子さんの今に、何パーセント満足ですか?
100%!
80%!
50%?
30%!?
まさか…
いかがでしょうか?
直感で何パーセントでしたか?
こういうことは、直感で答えないと、あれこれ考えてはホンネに気付けません。
ぱっと、頭に浮かんだ数字を意識してみて下さい。
さて、では、100%だった方はいいのですが、99パーセント以下だった方は、
何があれば、100%になるのでしょうか?
勉強?
友達との関係?
お手伝い?
今夜でも、静かになった場所で、ちょっとメモをされてみてはどうでしょうか?
まず、自分が何に不満を持っていて、どうしてほしいのか、というホンネに
自分で気づくことは、気持ちを軽くするコツです。
それがわかれば、あれこれ要求してもイライラが!
ということは、ずいぶん減るでしょう。
しかし…
おそらく、それでも、しばらくすると、イライラしてくるのではないかと思います。
この記事を思い出して、またホンネを書きだしてみて下さったとしても、
きっと、イライラするでしょう。
それは、母子関係は、他の人間関係とは比べ物にならないほどの濃さゆえ、
仕方ないことだ、とイライラごとまとめて「オッケー」する必要があるかもしれません。
私は教室で、いろいろなお母さんの声、不満、イライラをうかがっています。
すると、意外なことに、
「自分だけが…」
「ウチだけが…」
「わが子だけが…」
と感じていらっしゃる方が多いのです。
頭では、
「隣の芝生は青いんですよね」
とわかっていても、毎日のこととなると、イライラしてしまうのも仕方のないことです。
今日の「何パーセント?」というヒントが、一瞬でも、気持ちをすっきりさせることにつながったら、光栄です。
2015年
8月
22日
土
2015年
8月
23日
日
2015年
8月
24日
月
2015年
8月
25日
火
今日は、この夏休みに私が読んだ本から、新しい見方を手に入れられる子育てのヒントをご紹介します。
本を読むのは楽しいけれど、読んで終わり…
そんな経験はありませんか?
いえいえ、実際のところ、手に入れただけで満足してしまうことも多々あります。
そんな私が、ずっと気になっていた本です。
この夏休みに読むことにし、今日までの伊良湖の旅で読んできました。
その本は、
「フランスの子どもは夜泣きをしない」
パメラ・ドラッカーマン著 鹿田昌美訳
集英社
です。
「フランス人の自己主張の強さは、子育てのヒントになる」と私は思いました。
周りの目をとても気にすることの多い日本人にとって、
人からの承認は、安心材料であると同時に、
承認を得られないかもしれないということが、プレッシャーとなり、
ストレスの大きな原因になっていると思うのです。
だからこそ、フランス人の「我の強さ」(!?)は、心のバランスを取る効果があり、
「あ〜こんなんでも、いいんだ…」
と気が楽になれるのではないかと思います。
相当にザックリ、内容をいいますと…
アメリカ人著者がフランス駐在時代、フランス人の「大人中心主義」に感銘を受け、
行儀の良いフランス人の子どもの秘訣を理解した
ということです。
日本人からすると、アメリカ人だって、十分に自己主張が強いと思いがちですが、
そんなアメリカ人をして、フランス人の「自分の都合中心ぶり:に感銘を受けた、
というのですから、説得力があるなあ、と私は思いました。
私は、「マザーファースト」ということを活動の理念にしています。
「自己中心ぶり」という表現は、お母さんがたにとって受け入れづらいかもしれませんが、
お母さんが満足し、安定していれば、子どもはかえって、安心できるという
私の考えに通じるところがあり、勇気付けられたような気がしました。
このように、フランス人の子育てについての考え方は、日本人のヒントになるのではないでしょうか。
周りの目を気にするようにしつけられている日本人にとって、時には腹立たしく思えるフランス人のあり方は、バランスを取る効果があり、気が楽になることもあると思います。
私は、以前、パリから帰国した子を担任したことがあります。
その頃、世間では、「KY」(空気、読めない)という言葉が流行っていたのですが、
記憶にある方もいらっしゃるでしょう。
この「KY」について、その子のお母さんとお話をした時、お母さんはこうおっしゃいました。
「フランスでは、こういう言葉はあり得ませんね。だって、そんなコソコソした言い方をしないで、
あなたは、こういうところが迷惑だから、こうしなさいよ、と主張のぶつけ合いになりますから。
だから、私にとっては、コソコソした日本より、かえってパリの方が気が楽でしたよ」
この経験は私の心に残っていました。
日本人といったって、いろいろです。
視点を変えるだけで、気が楽になれることもあるんだな、と思います。
よろしかったら、ぜひ、
「フランスの子どもは夜泣きをしない」
も手にとっていただきたいと思いますが、勢いにのせてアマゾンでポチっと
やってしまうと、また積み上げた本が増え、自己嫌悪になってしまっても困りますので、
今日のところは、
・「私が先よ」とお子さんより先に、選ぶ
ということを一回でもされてはどうでしょうか?
たかがそれぐらいですが、
「そんなこと…私にはかわいそうでできません…」
という方にとっては、今までの価値観を崩す、大きな一歩になるのではないでしょうか。
2015年
8月
26日
水
話を聞いてないでしょ!と、お子さんに言ったことのあるお母さん!
次は、
2015年
8月
27日
木
2015年
8月
28日
金
2015年
8月
29日
土
お子さんをどれぐらい手助けすればいいと思いますか?
2015年
8月
30日
日
え?
2015年
8月
31日
月
お子さんに「どうせ〜」と言わせたくないお母さんへ
今日は、「どうせ」星人との付き合い方です。
彼らの必殺技、「どうせ〜なんでしょ!」は、かなりの威力で心の平穏を壊します。
そんな時は、黙るに限ります。
教室で、よく耳にする言葉…
「どうせ〜なんでしょ!」
ほとんどの場合、
<それは、あなたの思い込みだよ!>
ということなのですが、興奮していますから、そんなことを言っても通じません。
「どうせ、俺のこと嫌いなんだろ!」
「どうせ、私のことバカにしようとしてたんでしょ!」
「どうせ、僕にはできないよ!」
興奮している子どもは、心のエネルギーを強く発散しますから、
相手が子どもなら、すぐに興奮しだして、けんかになりますし、
お母さんなど、大人が相手でも、初めこそ、落ち着いていられても、
「もう、いい加減にしなさい!」
と、カミナリでも落としたくなるのが関の山です。
ですから、子どもが、
「どうせ〜、どうせ〜」
と言い出したら、とりあえず、黙りましょう。
ひとしきり、「どうせ〜」を言ってもらい、言葉が途切れるのを待ちましょう。
その上で、「どうせ〜」の「〜」の部分を子どもに確認してみるのがオススメです。
上の例でいうなら、
「あなたが、嫌われているっていうこと?」
「あなたが、バカにされたっていうこと?」
「あなたが、できないっていうこと?」
その後も、まだ興奮が続くかもしれませんが、こういう時は、納得のいくまで、
発散しないと、かえって溜め込みます。
ひと段落したところで、
「あなたは、そう思っているようだけど、私はそう思わない」
「でも、不安になるのは当たり前なので、いつでも不安になったら言っていいよ」
という2つだけを伝えて、あとは黙ります。
要は、
「僕は、あの子に嫌われたくない!でも、嫌われるに決まっている!」
「私は、あの子にバカにされたくない!でも、されるに決まっている!」
「僕は、これを上手にやりたい!でも、できないに決まっている!」
という不安の爆発なのですから、誰かがその不安を受け止めてあげる必要があるのです。
ですから、子どもの方が、
「どうすればいいかな…」
と言いだすまでは、グッとこらえて待つことが大切なのではないかと思います。